人間交換日記 154通目「そう見えてしまう」大野

人間交換日記

「すべての人は、すごい可能性を秘めている」と信じる大野と、「多くの人は目的などなくただ存在しているだけ」と断ずる安田。人間の本質とは何か。人は何のために生きているのか。300文字限定の交換日記による言論バトル。


154通目/大野からの返信
「そう見えてしまう」

安田さんの表現方法はとても魅力的です。ただ、完全が実際にあるのと人間が完全になれるか?はまた別の話ではないでしょうか。完全なる存在の一部にはなりうる。共同作業者として一体になれる。そういった何かを感じずにはいられない。その一連の可能性を畏敬の念と呼ぶのではないでしょうか。それは人間の眼で捉えるとき、刹那的なものかもしれない。それでも永遠の如くその刹那には間違いなく完全という名の可能性や息吹がある事を僕たちの魂は知悉している。懐かしさすら感じる。そして観る角度よっては、この前提を持たずに生きる事が、尊厳や摂理を蹂躙してしまうという愚行に人間を走らせてしまっている。僕にはそう見えてしまう。

前回153通目/安田「あるべき自然な姿とは」

大野さんへ

今が完全ではないから完全なものをめざす。これはつまり完全(正解)があるという前提ですよね。その前提は人間のおごりだと思えてなりません。なぜ自然界に進化が起こるのか。それは変化の副産物だからです。変化することはとても自然なことです。なぜなら同じ状態(カタチ)に留まるためには膨大なエネルギーが必要だから。もちろん変化にもエネルギーは必要ですが自然はそれを循環という無限ループで支えています。停滞も変化もエネルギーが必要だけど停滞ではエネルギーが枯渇する。つまり変化とはあり続けるための自然な姿なのです。川の流れに目的はあるのか。流れることそれ自体が目的なのではないか。私にはそう思えるんですけど。

ー安田佳生より

 

前々回152通目/大野「全てが違って見える」

安田さんへ

なるほど。きっと、僕にはまだ見えていないものを安田さんには見えているのでしょうね。それでも、僕は確信しているんです。進化が起こるのは、結局今が完全ではないから。もっと言えば、完全ではないという立場をとっている。適応も適応しなくていいじゃん、という立場を取れなくもない。このままでいいという立場は変化すら起こさない。それは環境から強いられて起こる場合はあるにせよ。そして、進化したら優秀か?生き残っているのは優秀さの証か?と言えばそうじゃないというのは僕も全く同じ考えです。人間の場合、色々変えるけど何も去年と違っていないなんてことが起こる。それに対して進化は何も変えていないのに全てが違って見える。

ー大野より

 

これまでのやり取り

交換日記をする二人



火曜日
安田佳生(やすだ よしお)

1965年生まれ、大阪府出身。
2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

●金曜日
大野栄一(おおの えいいち)
株式会社一番大切なこと 代表取締役
https://ichibantaisetsunakoto.com/
https://www.sugoikaigi.jp/coach/eiichiono/

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