これからの採用が学べる小説『HR』:連載第11回(SCENE: 018)【第2話】

約五分後、肉の焼けるうまい匂いを漂わせながら、茂木と社長が出てきた。茂木の手には、2枚の皿。

「お待たせしました」

茂木はそう言って、俺たちの前に皿を置く。楕円形の白い皿に、2つの大振りなバーガーが乗っている。

「どっちを誰が作ったのかは、秘密にしといてくださいね」

保科が言って、茂木が頷く。

「わかってます。フェアに判断してください」

保科が頷き返し、片方のバーガーに手を伸ばした。

「ほら、あんたはそっちから」

促されて俺も残った方のバーガーを手に取った。

あたたかいバンズ、肉汁のしたたるパティ。昼が近いこともあって、腹は減っていた。躊躇なく鼻を刺激するそのうまそうな匂いに誘われ、思わずほおばった。

口の中に旨味が広がって思わず唸った。全国チェーンのバーガーとは明らかに違う食べごたえ。

「うまい……これ、うまいっすよ」

「じゃ、交換」

保科にそう言われ、俺たちはバーガーを交換した。そして再度ほおばる。

……

……

衝撃を受けた。

明らかに違った。

先ほどのバーガーとは、レベルが違っていた。

やわらかいのに歯ごたえのあるバンズ、香りの強さ、滴る肉汁、挟まれているレタスの一枚にすら、強烈な旨みを感じる。

先程のものも確かにうまかったが、こちらの方がずっと重層的な味がする。口の中で味が複雑に展開し、強烈な刺激を感じさせてくれる。

「……何だ……これ……」

思わず言うと、保科が俺の肩を叩き、「決まりだな」と言った。そして俺の手の中にあるバーガーを指さし、「こっちの勝ちです」と言う。

すると、茂木の顔がふっと緩んだ。嬉しそうに頷いて、「ちょっといいですか」と俺の持っているバーガーを指差す。

「自分も確かめていいですか」

その表情と言葉で、勝ったのは茂木の作だったのか、と思った。茂木はその大きな手でしっかり掴んだバーガーを、巨体に似つかわしい豪快な大口で一気に齧る。目を閉じゆっくりと咀嚼してから、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。

目を開けた茂木はいよいよ嬉しそうな顔になった。そして、言った。

「さすがです、社長」
「……え?」
思わず声が出る。
「うまいです。本当にうまいです。なんで俺と同じ材料使って、こんなうまいバーガーが作れるんですか」
厨房から出てきて以降、ずっと不機嫌そうな顔で様子を見ていた社長が、チッと舌打ちをする。
「……俺の教えた通りに作らねえからだ。レシピが簡単になったからって、細かいテクニックを忘れていいなんて言ってねえぞ」
不貞腐れたような、どこか照れ隠しのような口調。茂木は俯いて、「……すみません」と言う。だがすぐに顔を上げて、言った。
「俺、まだまだ社長に教えてもらいたいことたくさんあるんです。まだまだたくさん……この店をよくしてくには、もっと教えてもらいたいことが……だから……」
それは途中から涙声になった。大きな体を揺らすようにして、絞り出すように続ける。
「社長……いや、店長。店に戻ってきてください。あなたは俺達にとっての神様だったじゃないですか。うまいバーガーを通じて人を幸せにするんでしょ? 前みたいに、馬鹿みたいにバーガーづくりに没頭すればいいじゃないですか」
「茂木……」
社長の表情が、今度こそ本当に変わったのがわかった。何かを決意した顔だった。
その瞬間を待っていたかのように、保科が立ち上がり、言った。
「よし、じゃあそろそろ、求人の打ち合わせ、やりましょっか」

SCENE:019につづく)

 


 

著者情報

児玉 達郎|Tatsuro Kodama

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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