これからの採用が学べる小説『HR』:連載第15回(SCENE: 023〜024)【第3話】


 SCENE:024


 

「すみませんな、みっともとないとこ見せて」

男が部屋を飛び出していった後、社長が言った。

「いえいえ、とんでもない」

室長は言い、よいしょ、と言いながら俺の隣の椅子に戻った。

「あいつは気が短くてね。いつもああなんだ」

社長が扉の方を見ながら言い、それに俺たちも倣う。引き戸は既に閉じられて、さっきまでの喧騒が嘘のようにひっそりとしている。

「彼……御社の?」

出ていくあの男の姿を見るような口調で、室長が聞いた。社長は頷いて、「困ったやつです」と呟く。俺たちを気遣ってか、一瞬笑顔を浮かべて見せたが、それもすぐに強張って、辛そうに視線を逸らしてしまう。

「彼ですか。辞めてもらわなきゃいけない社員さんというのは」

室長の言葉に、ハッとする。

そうだ。俺たちはそういう話をしていたのだ。

室長の質問に社長は答えなかった。だが、裏表のない人なのだろう、その無言が肯定を示していることが、よくわかった。

だが、改めて考えてみれば、当然だという気もした。あんなに感情的な人間を雇っていたい経営者などいない。ただでさえ不祥事にはうるさい時代だ。1人の社員の起こしたトラブルが、会社の存続に関わることだってある。

ーートラブル。

頭に浮かんだその言葉に、ピンと来た。

ここに来てすぐ、室長は「トラブっている」と言っていた。その「トラブル」とは、社長とあの男との話なのかもしれない。俺たちAAと揉めたわけではなく、中澤工業の中でのトラブル。そう考えれば、社長の俺たちに対する態度にも納得がいく。

微かに安堵を覚える一方で、厄介だなとも思う。あの男は「絶対に辞めないぞ」と宣言して出ていった。すごい剣幕だった。社長があの男を辞めさせたがっていることを、あの男自身も知っているのではないか。俺もHR事業者だ。日本の法律のもとでは、正社員の解雇が決して簡単ではないことも知っている。

どうやってあの男を納得させるのか。どうやって「自ら会社を去るように」仕向けるのか。

そんなことを考えている俺の耳に、室長の意外な言葉が入ってきた。

「それにしても、信頼できそうな男でしたな」

驚いたのは社長も同じだったらしい。目を丸くして室長を見つめた。

だが、やがてふっと微笑むと、嬉しそうに言った。

「わかりますか」

「ええ、そりゃあもう」

深く頷く室長を、社長は目を細めて見つめ、そして言った。

「あいつは、中澤工業の、芯になっとる男です」

 

SCENE:025-026につづく)

 


 

著者情報

児玉 達郎|Tatsuro Kodama

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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