これからの採用が学べる小説『HR』:連載第19回(SCENE: 029)【第3話】

高本以外の社員2名と、さっきの若い事務員も加わり、食堂は騒がしくなった。

結局俺たちは誘いに甘えることになり、婦人の向かい側に座らせてもらう。ベトナム人含め、皆がテキパキと仕事をこなし、俺と室長の前にもあっという間に料理が用意された。回鍋肉、味噌汁、生卵と漬物、そして大盛りのご飯。立ち上るうまそうなにおいに思わず腹が鳴る。

「よし、揃ったな。じゃ、いただきます」

食堂内を見渡していた高本が大きな声で言い、ベトナム人たち含めその場にいる皆が「いただきます」と声を揃えた。俺も慌てて手を合わせ、いただきます、と頭を下げる。ふと隣を見れば、室長は既にニコニコしながら食べ始めている。俺も箸を取り上げ、高本が仕上げた回鍋肉を口に運ぶ。

うまい。

素朴だがめちゃくちゃうまい。

思わず無言でがっついた。それを向かい側の婦人が嬉しそうに見ている。

「おいしいでしょう?」

「え……あ、はい。すごく」

「あの鍋だとね、本当においしくできるのよ。重いから、ちょっと大変なんだけど」

先ほどのやりとりを思い出し、横目で高本の姿を探した。斜め前のテーブル、日本人の社員たちと楽しそうに笑いながら食べている。

「オッカサン、おいしい」

「ゲンキ、いっぱい」

ベトナム人たちがクスクス笑いながら婦人に声をかける。そのたびに婦人は「よかったわ」とか「おかわりしてね」と嬉しそうに返す。俺たちがいるからそうしている、という感じではなかった。恐らくここでは毎日のように、こんな風景が流れているのだろう。

「いやあ、いい雰囲気ですなあ」

室長が言うと、婦人はその笑顔を一層深くして、「そうでしょう?」と目尻を下げる。

「ええ、とても。それに皆、”オッカサン”が大好きなんですなあ」

「あら」

婦人はいよいよ嬉しそうに微笑み、周囲を見回す。

「私、機械オンチでねえ。だから工場のことは全くお手伝いできないんです。だから、せめてこういうことくらいは、って思ってるのに、それさえも皆がやってくれちゃうから」

「オッカサン、つかれてる」

「ボクたち、ゲンキだから」

隣のテーブルのベトナム人が声をかけてくる。すると隣のテーブルの高本も「そうだぜ」と続ける。

「おっかさんにまで倒れられたら、皆、仕事どころじゃねえからな」

「ね、優しいのよ」

婦人がいたずらっぽく言い、笑う。

食事も終わりかけた頃、「求人の件は、お聞きですか」と室長が切り出した。

斜め後ろのテーブルで、高本がピクリとしたのが見える。

「ええ、タカちゃんはもう、ご実家に帰らないといけないから」

それまでのいい雰囲気が、ピリッとした空気に包まれる。社員たちやベトナムの研修生たちも何となく事情はわかっているのか、どこか気まずそうにうつむいて、黙ってしまった。

「だから、あなたたちに来てもらったの。タカちゃんが安心してここを離れられるようにね」

それを聞いた高本が、これまでで一番大きな舌打ちをした。

そして、バン、と箸をテーブルに叩きつけ立ち上がる。

「だから、辞めねえって言ってるだろ!」

皆がしんとする中、体の大きな高本は1人、大股に俺たちの横を通り過ぎ、部屋から出ていった。

あれ……

俺はその時、小さな違和感を覚えた。その顔に浮かんでいたのが、怒りではないように思えたからだ。

あれは、そう、あれは……

 

SCENE:030につづく)

 


 

著者情報

児玉 達郎|Tatsuro Kodama

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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