【第4話】これからの採用が学べる小説『HR』:連載第25回(SCENE: 037〜038)

HR  第4話『正しいこと、の連鎖執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

 


 SCENE:037


 

 

エレベーターの扉が開くと、俺と高橋以外にも5〜6人が箱を降りた。

彼らを見て意外に思った。その全員が、真面目そうなスーツ姿の男たちだったからだ。

クリエイター御用達の商品を扱うBANDだ。ロン毛にボロボロのスニーカーという保科ほどではないにしろ、もう少しラフというか、オシャレな雰囲気の人間ばかりだと思っていたのだ。

だが、まあ、彼らはBANDの社員ではなく、俺たち同様に商談にやってきた業者なのかもしれない。先進的な人気企業に、それがなぜ人気なのかもわからない古いタイプの企業が群がる。そんなのはよくある話なのだろう。

箱を出ると、そこは「エレベーターホール」と呼ぶにはあまりに広い空間だった。ダサいリーマン達に対する興味は完全に失われ、俺はその景色に見惚れた。まるで空港のように、壁一面がガラス張りになっており、その高さはどうみてもワンフロア分ではない。恐らく、2フロア、いや、3フロア分を使っているのだろう。

「……すげえ」

思わず感嘆の声を漏らした俺に構わず、高橋はカツカツと大理石風のフロアを歩いていってしまう。

「あっ、ちょっと」

慌ててその後を追うと、正面に例の「B」を形どったロゴが掲げられているのが見えた。さっきエレベーターを一緒に降りた、ダサいサラリーマンたちが、一足先にそのロゴの奥へと入っていくのが見える。

高橋は慣れた手付きで、受付に置かれたiPad Proほどの大きさのタブレットを操作する。画面に「すぐにスタッフが参ります」という文字が表示され、それから一分ほどして、脇に伸びる廊下の奥から、いかにもBANDらしい服装の男が顔を出した。

「ああ、どうも」

背が高く痩せていて、黒縁メガネにパーマのかかった髪、シンプルな白Tシャツに紺色のカーディガン。下はスラックスではなくジーンズ地の白いパンツで、足元は裸足にローファーだ。そして小脇にはWindowsのSurfaceを抱えている。

その姿を見て俺はホッとする。そうそう。やっぱりこうでなきゃ。使っているのがMacBookじゃないのが意外と言えば意外だが、まあそんなことはいい。世界的にオシャレで通るBANDでは、こういうクリエイターっぽい雰囲気の社員が働いていなければならないのだ。

「じゃあ、ご案内いたしますので」

その男は挨拶も早々に、俺たちを廊下の奥へと案内した。

角を曲がり、そこに先ほどスマホで見た通りの風景が広がったとき、俺は嬉しさのあまり声を上げそうになった。

全体的にはジャングルをイメージしているのだろう。壁には一面、本物と見紛う植物のオブジェが設置され、ところどころに人間の背丈ほどもありそうな動物の人形が置かれている。そして、種類がバラバラの椅子とテーブル。そこにはいま俺たちを案内している男とよく似た服装の人間が、ノートパソコンで作業をしたり、打ち合わせのようなことをしている。

一昔前の企業人からすれば、遊園地のようなふざけた空間でダラダラ過ごす若者に見えるかもしれない。だが、FacebookにしろGoogleにしろ、世界的な企業ではこういう働き方が当たり前になりつつあるのだ。

……やべえ、かっけえ。

素直にそう感じている自分に気づき、思わず苦笑いを浮かべる。ふと見れば、相変わらずモデルのような派手な歩き方をする高橋の耳元で、俺たちを案内する痩せた男が何かを話している。

男が口元を隠しているので俺には何を言っているのかはわからない。だが、男がどこか焦っているというか、怯えた雰囲気であることに俺は気付いた。

……なんだ?

気のせいかもしれない。もともと顔色の悪い、不健康そうな男ではあった。でもそれがまた、一流企業のクリエイターっぽい雰囲気を出しているとも言えた。だが、先程の表情は、もう少し感情に根ざしたもののように思える。一方の高橋は、男の言葉に頷いたりして見せてはいるものの、クライアントに対するものとは思えない冷たい表情のままだ。

ジャングルのようなロビーを通り抜け、突き当りを左折する。するとそこに、それまでとは一転、茶色というかワイン色というかシックな色合い一色で塗られた壁があった。ごちゃごちゃした植物も動物のオブジェもない。

その茶色い壁は何か厳重な雰囲気の自動ドアがあった。ガラスではないので向こう側は見えない。男はその扉の前まで行くと立ち止まって振り返り、「少しお待ち下さい」と言ってドアの脇に進み出る。そこには腰ほどの高さの台があり、その上に、タブレットではなくなぜか電話機が置かれてあった。痩せた男はこちらをチラチラと振り返りながら受話器を取り上げ、やがて口元を隠しながら話し始める。

……やっぱり。

やはり気のせいではない。男は明らかに怯えていた。電話機に向かって何度も頭を下げ、ときどき震えるようにビクリと肩を揺らす。

やがて受話器を置いた男はこちらを振り返り、それから高橋のそばまで近づいてきて、言った。今度は俺にも聞こえた。

「何度も言いますが、これは本当に異例のことなんです。……私の立場もありますから、くれぐれも失礼のないようにお願いします」

嫌な予感がした。

4件のコメントがあります

    1. ありがとうございます。話ごとに違ったテイストになるよう意識しています。

    1. 齊藤さんいつもありがとうございます。推理小説、確かにそんな雰囲気かもしれませんね。

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