【連載第28回】これからの採用が学べる小説『HR』:第4話(SCENE: 042)

大家に礼を言い、電話を切った。

まあ、実際その通りなのだろう。大家は何も知らされていない。いや、そもそも特に理由などないのかもしれない。大家の言う通り、俺たち担当営業に断りなくS移管が行われることは珍しくない。ずっと担当してきた顧客が急に別の営業の担当になったり、逆に、誰かのSが自分の担当になったりする。そのいちいちを気にしていたら営業などできない。

俺はカバンから名刺入れを取り出し、高橋から渡された正木の名刺を引き抜いた。

営業、正木一重。

……あの過剰な笑顔が頭に浮かぶ。もともと高橋はこの男について調べろと言っていた。だが、データベースを叩けば情報が手に入る会社ならまだしも、入社1年目の営業マンの情報などどうやって探せばいいのだ。AAのグループウェアのような社内情報にアクセスできるなら可能だろうが、そんな技術は俺にはないし、仮にあったとしても実行したら犯罪だ。

ふと思いついて、スマホを取り出した。Facebookのアプリを起動し、検索窓に「正木一重」と入力してタップする。

……と、珍しい名前でもないのだろう。5〜6名の候補が表示された。それを1件1件見ていったが、年齢が全く違っていたり、登録情報が少なすぎたりして、これというアカウントは特定できなかった。Twitterも同様の結果。だが俺は、その後にダメ元で行ったGoogle検索の結果の中の一つで、今日会ったあの男の写真を発見したのだった。

写真の中の正木は、野球のユニフォームを着ていた。

記事があったのはローカルな新聞社のアーカイブで、内容は、十年ほど前に行われた野球の試合について。野球には詳しくないのでよくわからないが、いわゆる「高校野球」としてテレビ放送される決勝トーナメントの前の、代表校を決める予選の模様を伝えるものらしい。正木の所属する高校はこの試合で敗退した。それなのになぜ正木の写真が使われているのか。その答えは記事の後半にあった。

「怪我……」

正木はこの試合の中盤、敵チームのバッターが打ち上げたフライを取る際、チームメイトと激しく接触。そのまま担架で運ばれ途中退場となった。記事には、全治3ヶ月以上の重症で、夏の選手権への参加も絶望的だと書かれてある。正木はチームの中心的な選手だったらしく、この離脱によりチームの戦力は大幅に下がるだろうと結ばれていた。

俺は新たにタブを開き、「正木一重 怪我」とキーワードを変えて検索してみた。すると、古い2チャンネルのスレッドがヒットした。嫌な予感を感じつつ開き、キーワードが含まれるレス部分を探す。すると――

<正木一重が自殺未遂したって>

<あいつ、怪我して引退してから頭おかしくなったんだよな>

<野球部のヒーローだったのになあ>

<前はカッコよかったよね。私好きだったもん>

<なんか、お前のせいで負けたんだ的なイビリがあったらしいじゃん>

<T先輩たちだろ。正木、あの試合の後、完全に恨まれてたからな>

<すぐ不登校なってたよ。あれ? 退学したんだっけ>

<今は引きこもりでホームレスみたいだってさ。ショック>

<クソデブになってるってマジ??>

それらの投稿は、一番新しいもので5年ほど前のものだ。ディスプレイから逃れるように視線を天井に投げ、想いを馳せる。

試合で怪我をした正木はそれ以降、試合に出ることができなくなった。それを恨んだチームメイトからのプレッシャーに耐えられず、不登校または退学となった。そして正木は引きこもりとなった。

そういうことなのだろうか。

そして――

俺はBAND JAPANで見た正木の笑顔を思い出す。どこか不自然で、過剰な笑顔。

2ちゃんねるの記述がすべて本当だとは思わないが、恐らく、怪我のせいで突然野球人生が閉ざされたことは確かなのだろう。それからの長い時間、正木はどういう人生を送ってきたのか。そして、なぜBAND JAPANに入社したのか。

俺はソファの背もたれを思い切り倒し、天井を見つめたまま考えた。

SCENE:043につづく)

 


 

著者情報

児玉 達郎|Tatsuro Kodama

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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