【連載第29回】これからの採用が学べる小説『HR』:第4話(SCENE: 043)

HR  第4話『正しいこと、の連鎖執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

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 SCENE:043


 

 

正木についてのネガティブな記述を見つけた約1時間後、HR特別室の扉の外で、エレベーターの音がした。

「……うん、ああ、なるほどね」

電話で話しながらの登場は、ここで初めて会ったときと同じだ。そういえばあのときは、某大企業の社長とおぼしき相手を、「エロオヤジ」呼ばわりしていたっけ。

だが、今日の高橋の表情は妙に真剣だった。落ち着いた低い声で、話し相手の言葉に耳を傾けている。

「……で、キャッチできそう? ……うん……うん、OK、じゃあまた連絡ちょうだい」

どこか物々しい雰囲気でそう言うと、相手の終話も(恐らく)待たずにパタンと電話を閉じる。そして間髪入れず、長い髪をかきあげながら反対の手で俺を指差す。

「で、何かわかった?」

「……え、あ、ええと……」

「何がええと、よ。早くなさい」

迷いのない口調。俺を下に見ていることを隠そうともしない。まるでSMの女王様だ。だが、そういう態度をとっても様になる風貌なのだから腹立たしい。

「……まず、BAND JAPANの掲載実績を調べました。それで過去に受注してる営業二部の営業に連絡して、直接話を聞きましてーー」

話し始めて早々、「僕ちゃん」と遮られる。

「え……何ですか」

「あなたの行動を一つずつ順番に聞かなきゃいけないの? ……結論を先に言いなさい」

目を細めて俺を睨むその顔に、思わずゴクリとつばを飲み込む。なんだこの迫力。

……とにかく、結論だ。高橋が求める結論。頭をフル回転させると、ビデオの映像を巻き戻しするように記憶が撹拌される。そして俺の意識は、その中から1枚の画像を探し当てる。

「……野球です」

高橋が眉間に皺を寄せる。

「野球?」

「正木一重は高校の頃、野球部の中心メンバーだった。でもある大会で、チームメイトと激しく衝突して大怪我をした」

「へえ……それで?」

「新聞記事には、全治3ヶ月と書かれてました。正木が途中退場したことでチームは敗退。その件を周囲から責められ、気を落として不登校になった、というような情報もありました」

「不登校……その後は?」

「わかりません。野球の試合について以外の情報は、いわゆる2ちゃんのレスの中から見つけたもので、そちらも確かではありません。ただ、結構辛辣なことが書かれてあって」

そして俺は、正木が先輩たちから恨まれていたこと、不登校になってホームレスのような風貌になっていたこと、さらには、自殺未遂までしたらしいということを、事実でない可能性もあるとした上で伝えた。

「……あの、高橋さん。俺、よくわからないんですけど」

「何が?」

「どうして俺に、正木さんについて調べろって言ったんです?」

「さあ」

「さあって……」

自分は躊躇なく質問してくるくせに、聞かれたことには答えない。……考えてみれば、この部署の人間は皆そうだ。保科も室長も、こっちが聞いた質問にまともに答えてくれはしない。

諦めるものか。無言で高橋の顔を見つめていると、高橋は肩をすくめる。

「別に、具体的な根拠があったわけじゃないわ。でも、彼のあの表情……普通じゃなかったでしょ?」

確かに、正木についての過去を知った上で考えれば、やはりあの笑顔は不自然だったと思う。でも、その印象だってネット上の情報によるバイアスが掛かったものかもしれない。

「確かにちょっとおかしいなと思いましたけど……でも……過去に何があったにせよ、彼が今、ああやって元気に働いていて、しかもいい給料をもらってるのは事実じゃないですか」

俺が言うと高橋は「そうね」と妙に素直に同意すると、俺の隣の席に腰を下ろす。そして髪をかきあげ、バッグからコンパクトを取り出し化粧直しをはじめる。

「……でも、そういう“事実”も含めて、典型的過ぎるのよ。あの笑顔はお面みたいなものに過ぎない。決して心から笑ってるわけじゃない」

「典型的って……何の話ですか」

「私はこの言い方好きじゃないんだけど……わかりやすく言えば」

そして高橋は、コンパクトの鏡越しに俺の方を見た。

「ブラック企業のやり口よ」

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