【連載第35回】これからの採用が学べる小説『HR』:第4話(SCENE: 052)

HR  第4話『正しいこと、の連鎖執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

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 SCENE:052


 

 

「私が……採用課題だと?」

「ええ、そうですわ」

怒りの為か微かに震えた槙原社長の言葉に、高橋は躊躇なく頷く。

「……どういう意味だ。冗談を言っていい場面じゃないぞ」

俺は思わずツバを飲み込んだ。槙原社長の言葉は、高橋個人だけでなく、俺たちの勤めるAAにも向けられている。今回のBAND JAPANの1200万円という大商いも、社長の判断次第ではなくなってしまうだろう。いや、それで済めばマシなのかもしれない。ポッと出の案件がキャンセルされたところで、利益がなくなるのは確かだが、話がゼロに戻るだけなのだ。

だがもし、公式な形で抗議を受けたらどうなる。高木生命という大きな会社から「AAの営業からこんな対応をされた、AAはひどい会社だと」と表明されたら、AAは大きなダメージを食らう。競合他社が無数に存在する俺たちのような求人屋にとっては、ちょっとしたイメージダウンが大きな痛手となる。

しかし、高橋の後ろ姿は凛としたものだった。

「もちろん冗談ではありませんわ。御社がより大きな成長を目指すのであれば、そして、そのための採用を本気で行うのであれば、まず見直すべきはあなたの考えそれ自体だということです」

「……私の、考え?」

「ええ。求人業者らしい表現をお求めなら、ターゲット設定の見直し、と言い換えましょうか」

ターゲット設定。つまり、どんな人間に対して求人のメッセージを送るか、という設定のことだ。確かにここでミスをすることは多い。経験者が欲しいと言って「経験5年以上」と条件を設定したものの、実際には経験年数より資格の有無の方が重要だった、というようなケースだ。ターゲットが変われば当然、伝えるメッセージも変わってくる。

しかし、槙原社長はふん、と鼻で笑った。

「偉そうに言うな。君らの仕事は私たちクライアントの求める人材を引っ張ってくることだろうが。外野の君らがなぜ、ターゲット設定を見直せなどと言えるのかね」

槙原社長のストレートな言葉に、確かにそれもその通りだ、と頷きそうになった。

俺たち求人屋の仕事は、クライアントの求めている採用を実現することだ。どういう人材が何人、いつまでに欲しいのかを決めるのはあくまでクライアント側で、俺たちではないのだ。

だが、高橋は首を振った。

「いいえ、そうではありませんわ」

「何が違うというのだ」

槙原社長はどこか勝ち誇った顔で言い、手元の引き出しから、最近はあまり見なくなった紙巻きたばこを取り出し、火をつける。そしてゆっくりと立ち上がると、目の前に仁王立ちする高橋を避けるようにして、ソファに座った。

「ま、せっかくだ。話を聞こうじゃないか」

どうぞ、と向かい側の席を勧める社長に高橋は目礼し、それに従った。ゆったりした背もたれのソファに、浅く座る。一瞬迷ったが、俺はその場から動かなかった。高橋の隣に座ったところで、俺にできることなど何もない。それに、徐々に怒りを収めつつあるように見える社長が、また機嫌を損ねないとも限らない。

「つまり君は、私のターゲット設定が間違っていると言うんだね」

「間違っているかどうかはわかりません。ただ、仮に正木さんのような方を採用できたとして、御社がいま切実に求めている、社会的な信頼というものは手に入らないだろうと考えているだけです」

「ほう……君は彼を否定するのかね?」

槙原社長はどこか嬉しそうに、ニヤリと笑った。

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