【連載第35回】これからの採用が学べる小説『HR』:第4話(SCENE: 052)

なんとなく話が核心に近づきつつある気がする。高橋はいったい槙原社長に何を言おうというのか。槙原社長が、「ターゲット通りの社員だ」と太鼓判を押した正木。そうだ。昨日俺は正木に接触するために新橋から六本木に戻り、そして2人で酒を飲んだ。

正木は今の状況を「幸運」と言った。少しでもリスクのない道を選びたいと、そのためには既に成功者のいる道を選ぶのが一番だと。過去に辛い思いをしたからこそ、BAND JAPAN、いや、高木生命の傘の下で暮らせることに価値を感じていた。

「ま、わからんこともない。あいつの表情や物腰が不自然だとでも感じたのだろう? 確かにあいつはまだ若手で、しかも新人だ。ウチの文化がまだ馴染みきっていない部分はある。私から見ても、まだ力みすぎだと思うよ」

社長は体を起こし、テーブルの上のガラス製の灰皿でタバコをとんとん、と叩く。

「だが、それもじきに慣れてくる。これまでも皆、そうだったんだ。最初は正木のように、ぎこちない。だが、早い者で半年、遅くても1年で、みな立派な“高木生命の営業”に成長していく。そう思えば、正木は非常に優秀だ。入社半年ほどだが、既にいい結果を出している。……どうだね、高橋さん。私が彼に期待し、彼のような人間に来てもらいたいと思うのはおかしいかね?」

高橋は何も言わない。……いや、もしかしたら何も言えないのかもしれない。俺たちはしょせん求人屋だ。社長がこう思っていて、正木ら社員たちもその環境を受け入れているのなら、一体それ以上何が言えるというのか。

黙ったままの高橋に、社長は体を乗り出すようにして言った。

「いいかね、高橋さん。あなたが正木をどう判断したかは知らん。だが、あいつは事実、強くなった。入社した頃は本当に弱かったんだ。あんな状態では、人生を自らの足で歩んでいくことなど到底できない。そんなあいつに、私たちは強くなる機会を与えた。このままじゃお前はダメなままだぞ、だから頑張らなきゃだめだとな。俺たちの差し伸べた手を、あいつは掴んだ。あいつは自分の意志で、強くなることを決めたんだ」

社長の表情は真剣だった。本当にそう思っている顔。

「俺たちのやり方に異論を挟む人間もいるだろう。だがな、そういう奴はしょせん偽善者だ。本当の地獄を見たことがない、ひよっこだ。人生は綺麗事ではいかない。いいかね、高橋さん。正木は潰れる間際だった。あのままじゃ、二度と立ち上がれないまま人生を終えていくだけだっただろう。わかるかね? この厳しい世の中、弱いままでは渡っていけないんだ!」

自分の言葉に興奮するように、語尾が荒くなった。

社長室の中に、しん、と冷たい沈黙が降りた。

「……お兄さんのように、ですか」

やがて、ポツリと呟くように高橋が言った瞬間、槙原社長の目が大きく見開かれた。

SCENE:053につづく)

 

著者情報

児玉 達郎|Tatsuro Kodama

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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