【大手の作法/010】 本日のお作法:「高松くん」と「秀樹くん」

秀樹くんについて

近所で神童と呼ばれた兄と比較されまくりの少年時代。。
2月、兄には盛りだくさんのチョコのお山。
僕には母がこっそりポストに入れてくれたセコイヤチョコがひとつ。。
兄はずっとオール5。それ以外の数字を見たことがありません。

4年生の時に入った野球部は4、5年時は川崎で優勝しましたが、
僕がキャプテンに就任した6年時はチーム史上初の予選初戦敗退。。
終盤にリリーフ登板した時には、相手は低学年の補欠中心でした。。
陸上大会では確かに川崎で優勝したこともあります。
強豪選手がいない大会でした。。
恋心を抱いた女子を大会に呼んだこともありましたが、事前登録を忘れて
スタートラインに立つことすらできず、涙を流した記憶があります。。
剣道団体戦で神奈川県優勝したのも事実です。
仲間の4人が強すぎて僕の勝敗なんてまったく関係ありませんでした。。

初心者で始めた高校サッカーですが、負けたり、勝ったり、負けたりくらいの監督不在チームであり、同じクラスの仲良しキャプテンに頼み込んで出場させてもらっていました。。得点王と言ってもチーム内での話。ゴールのほとんどは混戦時にちょこんと触る程度のごっつぁんゴール。。

文化祭のライブでは体育会系汗臭男子でホールはごった返し。。
受験も現役合格は叶わず、、やがて入社したのは15人の小さな会社。
同期たちが活躍する中、ひとりだらだら過ごして負の影響を与えるばかりの存在。
後に人気大手へと成長される前の小さな会社に偶然出会い、奇跡的に社長に可愛がっていただき、社長からの紹介で営業数字を達成していくことになったのです。

彼の力を、自分の力と勘違いして天狗になっていた僕は、地道に努力を重ねていた同期や後輩にどんどん追い抜かれ、居場所を失いクビ退職。
転職先など見当たらず、酒浸りだったこともあり、思いつきでスポーツバーを立ち上げたのでした。

日韓サッカーワールドカップ時は大人気でしたが、大会が終わると実力もないアマチュアのバーなど、やがて閑古鳥。。勢い出店したスイーツカフェも含め5年で2店を廃業。。。
僕はすっかり30歳を超えていました。

ここまで経験して、ようやく「不真面目な性格。実力ナシのアホな自分」を知りました。遅すぎますよね。。笑

今は、何とかアホが拡大しないよう、誰かに貢献できるよう、ちょっとだけ真面目に少しの努力を続けています。

“高松くん”と“秀樹くん”。どちらも本当の“私”であり“僕”です。
皆さまはどちらの高松秀樹に興味関心、好感、嫌悪感を抱くでしょうか?

相手企業の大小にかかわらず、見栄やプライド、嫉妬を手放し、
弱くダメな自分も開示し、自然体で生きることが大事かな、と今の高松秀樹は思います。


高松 秀樹(たかまつ ひでき)

たかまり株式会社 代表取締役
株式会社BFI 取締役委託副社長

1973年生まれ。川崎育ち。
1997年より、小さな会社にて中小・ベンチャー企業様の採用・育成支援事業に従事。
2002年よりスポーツバー、スイーツショップを営むも5年で終える。。
2007年以降、大手の作法を嗜み、業界・規模を問わず人材育成、組織開発、教育研修事業に携わり、多くの企業や団体、研修講師のサポートに勤しむ。

ブルー・オーシャン戦略は、未知の新大陸を探しだす作業ではありません。
新たなブルー・オーシャンは今いるレッド・オーシャンの中に無数に存在するのです。

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