第51回「トヨタから始まるベアの終焉」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第51回「トヨタから始まるベアの終焉」

安田

トヨタの労働組合がベースアップを廃止して実力評価を提案してるそうです。

久野

凄いことですよね。

安田

ベアって能力に関係なく「会社にいるだけで給料が上がる」ってことでしょ?

久野

その通りです。

安田

労組の側からそれを廃止するって、よく意味が分からないんですけど。

久野

ちょっと前に「トヨタの社長が組合との交渉に不快感を表した」みたいなニュースがあったじゃないですか。

安田

知りません。そんなことがあったんですか?

久野

はい。要は労働組合が「まったく危機感を感じてない」ってことで。

安田

危機感?でも「とにかく給料を上げろ!」って要求するのが労組ですよね。

久野

そんなのは昔の話ですね。景気がよかった頃の。

安田

そうなんですか。

久野

じつはベアの交渉って、準備段階でちゃんと経営側と話をしてるんですよ。

安田

準備段階?

久野

金額の下交渉ですね。その段階で「金額の交渉は構わないんだけど、本当に現状を分かってるのか」って、社長が不快感を表した。

安田

じゃあ組合が社長に忖度したってことですか。

久野

そうです。

安田

でも、なんで社長の顔色を伺う必要があるんですか?労働組合ってそもそも社員の代表でしょ。社員から組合費だってもらってるわけだし。

久野

まあそうですね。

安田

「危機感持たないと駄目だろう」って、そんなの経営者の勝手じゃないですか。危機感なんか持たずに「安心して働ける職場」をつくるのが経営者の仕事ですよ。

久野

確かに「労働者の利益」を求めて闘う組合もあるんですけど。

安田

え!そうじゃない組合なんてあるんですか?

久野

「御用聞き組合」って聞いたことないですか?

安田

ないです。御用聞き組合?

久野

要は出世するために組合に入るんですよ。

安田

ちょっと混乱してきました。出世するために組合に入る人がいるんですか?

久野

社長と顔見知りになれるじゃないですか、若いうちに。

安田

何と!

久野

組合に入ると社長に近づけるので、最終的に組合幹部は「本体の役員や上席」になることが多いんです。

安田

そんなの例外中の例外でしょ。

久野

いや、わりと多いんですよ。

安田

じゃあ出世の階段をワープするために組合に入ると。

久野

だから御用聞きになるんですよ。経営者の。

安田

すごい世界ですね。

久野

暗黙の了解があるわけです。従業員の意見をうまくまとめておければ「後々出世できる道があるよ」と。

安田

だから社長の顔色を伺って忖度してるわけですか。組合員なのに。

久野

そういう人もいるってことです。

安田

そもそも組合員って組合に報酬もらってるわけでしょ。

久野

そうですよ。

安田

それって元々は社員が出した組合費じゃないですか。なのに自分の出世の道具にしてるってことですか?

久野

そういうケースもあるってことです。

安田

社員のために一生懸命交渉してる人もいるんですよね?当然。

久野

もちろん。今回のトヨタのケースだって、全体の給与下げるわけじゃないので。

安田

違うんですか?

久野

評価のやり方を変えるだけ。全体の原資としては同じ金額を要求してる。

安田

でも成果を出した人の給料が増えるって、当たり前じゃないですか。成果出そうが出すまいが、いるだけで上がっていくのがベースアップ。

久野

だからそれを止めようって話ですよ。

安田

社長に忖度して?

久野

まあそうですね。

安田

じゃあトヨタの労働組合は「今後もうベースアップを要求しない」ってことですか?

久野

ベースアップは要求しないけど、やった人たちはさらに給料が上がる。

安田

なるほど。じゃあ配分の仕方が変わるだけで、原資はきちんと労働組合が交渉して取ってくると。

久野

そうです。そこは一緒。

安田

ということは、いわゆるベースアップみたいな「全員のための交渉」ではなくなると。

久野

全員のために少しでも多くの原資を勝ち取ってくるんですよ。

安田

じゃあ「仕事が全然できない人」はどうしたらいいんですか?

久野

成果を出すように頑張るしかないです。

安田

だったら組合費払うの無駄じゃないですか。仕事ができる人は組合費なんて払わなくても会社から評価されるし。

久野

たしかに。

安田

やっぱり組合は「出来ない人」に寄り添うべきですよ。

久野

ただ組合側としても、会社に完全にそっぽ向かれるのは困るんですよ。

安田

どうして困るんですか?

久野

「もういいよ」って言われちゃったら元も子もない。ベースアップもやらないし、成果にも配分しないとか。

安田

そうなったらもうストですよ。スト!

久野

でも実際はストって起きないじゃないですか。

安田

なんでストって起きなくなったんですかね。昔よく電車が止まってましたけど。

久野

公務員でしたからね。昔は。

安田

トヨタの社員だって自動車工場を止めちゃえばいいんですよ。稼働が止まったらえらい損害だし、社員全員クビにもできないし、要求は飲まざるを得ない。

久野

トヨタの社員はめちゃくちゃ待遇がいいので、ストなんてやる理由がない。

安田

確かに。「ここまで高いんだから、さすがにもういいだろう」って感じですね。

久野

日本で一番待遇がいいですから。トヨタをベースにされるとみんな困ります。

安田

じゃあ今回の現象はどう読み解けばいいんですか。組合が出世の道具化してるという見方をすべきなのか。あるいはベースアップ自体がもう無理なのか。

久野

経団連の会長も言ってましたけど、基本的に賃金が上がり続けるなんていうのが無理なんですよ。

安田

じゃあベースアップという概念そのものがなくなっていくと。

久野

そう。それともうひとつは「やっぱりトヨタはすごいな」ってことですよ。

安田

どうしてですか?

久野

組合員も含めてみんなが危機感を持ってやってる。

安田

そうなんですか?

久野

でないと「成果報酬型に変えよう」なんて普通は自分から言わないですよ。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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