第53回「もう逃げ場はない」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第53回「もう逃げ場はない」

安田

同一労働・同一賃金は、法律で決まってるんですよね?

久野

はい。法律で決まってます。

安田

パートや契約社員でも、同じ仕事なら同じ賃金を払いなさいと。

久野

そういうことです。

安田

それってつまり、非正規労働の待遇を良くすることが狙いですか?

久野

基本的にはそうですね。

安田

だけど結果的には、正社員の手当がなくなったりしてます。高いほうを低くするという流れ。

久野

それは本末転倒なんですけど。まあ短期的には仕方のない部分もあります。

安田

それはどうして?

久野

今まで待遇に差がありすぎたから。生涯賃金が正社員と比べて何倍も違うんですよ。とてつもない格差が生まれてる。

安田

このままだとどんどん格差が広がると。

久野

いちばん顕著なのは女性ですね。結婚してパートになると、仕事としては変わんないのに正社員とすごい格差ができる。

安田

よくある話ですね。

久野

能力の高い女性はやる気をなくしちゃう。

安田

やってられないですよ。自分より仕事できない人の方が稼いでるなんて。

久野

だから「同じ仕事をして同じ時間働いてんだったら、同じ待遇が与えられるべき」というのが同一労働・同一賃金の基本的な考え。

安田

じゃあ非正規をフルタイムワーカーにすることが狙いではないと?

久野

どっちかというと単価を上げることが一番の狙いです。

安田

時間に関しては、働けない事情の人もいますもんね。

久野

そうです。ただ日本って、パートにした瞬間に「給与安くてもいい」みたいな考えがあるので。

安田

ありますね。同じ仕事してるのに時給がものすごく下がったり。

久野

その常識を変えていこうとしているわけです。

安田

なるほど。結構ちゃんと考えてるんですね。

久野

はい。ただ正社員化は市場原理の中で起こるだろうと予想されています。

安田

それはどういう原理で?

久野

まず4月に派遣法の改正がありまして。

安田

どんな改正なんですか?

久野

めちゃくちゃ簡単に言うと「派遣社員にはこれ以上の報酬を絶対に払ってください」という基準をつくったんですよ。

安田

それは、いわゆる最低賃金とは違うんですか。

久野

違うんですよ。この職種でキャリア何年だったら1300円以上みたいな。

安田

なるほど。

久野

そうすると派遣する側としては、その金額以上に派遣料を上げないと利益が出ない。

安田

そりゃそうですね。

久野

で、派遣先は「こんなくそ高い単価だったら、自分とこで雇ったほうがいい」となる。

安田

おお!結果的に正規雇用が増えると。

久野

そういうことです。今まで安かったけど「これから派遣は高いよ」っていう改革。

安田

そうやって正社員を増やしていくと。

久野

もしくは高い派遣社員を増やしてく。

安田

つまり国としては1人当たりの収入を増やしたいんですね。

久野

そうです。

安田

それは税収を増やすためですか。

久野

基本的には国って「株式会社日本」だと僕は思ってまして。

安田

株式会社日本?

久野

はい。売上に相当するGDPを上げることが最優先。で、基本的にGDPって単価×労働量なんで、労働量が減ってく以上は単価を上げるしかない。

安田

なるほど。

久野

国としてはそういう狙いだと思います。

安田

でも結果的に正規の人たちの手当とかが削られるじゃないですか。彼らの単価は下がってますよ。

久野

だから安倍政権はこれに不快感をあらわにして、「方向性が間違ってる」ってことを示してるわけです。

安田

じゃあ、いずれは正社員の給料も上がる?

久野

上げようというのが政府の狙いですね。

安田

でもそれって、つまり「日本株式会社の人件費を上げる」ってことでしょ?

久野

そうです。

安田

そんなことして儲かるんですかね。会社だったら利益が圧迫されますけど。

久野

国の利益は税収ですから。給料も税金もたくさん払える会社だけ、残ってくれればいいんです。

安田

企業にとっては厳しい時代になりますね。

久野

はい。

安田

じゃあ、社員の手当をなくすなんていうのは、焼け石に水だと。

久野

それは目の前の防衛策ですね。

安田

どんな防衛になるんですか?

久野

同一労働・同一賃金になると、まず手当を細かくチェックされるんですよ。たとえば通勤手当が正社員とパートで違うケースとかは許されないです。

安田

なるほど。じゃあパートの手当が一気に上がると。

久野

そうなっちゃうので、社員の手当を事前に下げてるわけです。

安田

すごい攻防ですね。

久野

はい。国も企業も生き残りがかかってるので。

安田

ちなみに賞与はどうなんですか。正社員とパートって、すごく差がありそうですけど。

久野

どういうふうに賞与を決めたかによります。たとえば勤続年数で決めた場合は統一しないといけない。

安田

なるほど。じゃあもう正社員も非正規もほとんど同じですね。

久野

同じ仕事をしてれば同じ待遇になります。

安田

じゃあ企業とすれば人件費を下げるために、正社員の手当も賞与も削っていくしかないと。

久野

安倍さんが不快感を示してるように、基本的にそれはノーなんですよ。

安田

ノー?

久野

社員の不利益になる変更はダメってことです。

安田

じゃあどうしたらいいんですか?

久野

生産性を上げるしかない。

安田

生産性を上げて、給料も手当もいっぱい払って、税金もたくさん納めて、なおかつ利益も出せと。

久野

そういうことですね。

安田

やっていけるんですかね。企業は。

久野

やっていくしかない。

安田

海外に逃げる企業とか出てきませんかね?

久野

外資に身売りしない限り無理でしょうね。日本企業は絶対に逃がしてくれない。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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