第58回「腹をくくるのは誰?」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第58回「腹をくくるのは誰?」

安田

日本人の生産性って、先進国では一番下のほうなんですよね?

久野

先進国の中では最下位ですね。

安田

アジアの中でも、もう韓国にも抜かれちゃって、中国にも抜かれそうだとか。

久野

時間の問題ですね。

安田

もう日本に工場を持ってきたほうが、安いんじゃないかって言われてます。

久野

日本人は真面目だし、給料安いし、よく働くし。

安田

でもさすがにアジア最下位はないでしょ?いくら安くなったとはいえ。

久野

うーん。

安田

え!そんなに安いんですか。

久野

いま中国で言われてるのは「アメリカ企業は大変だけど給与が高い」「中国企業はまぁまぁ大変だけど給与も安くはない」「日本企業は安くて楽だ」と。これが現地の考え方。

安田

安くて楽?最悪じゃないですか。

久野

給与相場自体はまだ負けてないと思うんですけど。絶対に追い抜かれるなって感じはあります。

安田

やっぱりそうですか。

久野

はい。昔は日本企業って「給料が高くて楽」ってイメージだったんですけど。

安田

じゃあ、人気があったのは当たり前ですね。

久野

昔は人気があったんです。でも海外はどんどん物価が上がってくので、いつの間にか逆転しちゃった。

安田

人件費が上がり続けてますもんね。海外は。

久野

はい。でも国内はぜんぜん上がってないから、経営者が気付いてない。

安田

ホントに気付いてないんですかね。

久野

まあ気づいていても結局上げられないんですけど。

安田

ですよね。国内の人件費だって、経営者にしたら上がらないほうがいいわけでしょ?

久野

上がらないほうがいいです。

安田

初任給が上がっていくと、他の社員も全部上げなきゃいけなくなるので。経営者も大変ですよ。

久野

それがベースアップと言われるものです。

安田

でも、もう20年ぐらいは上がってないですよね?

久野

はい。上がってないです。経営者にとってはそれがすごく都合がよかったんです。

安田

まあそうですよね。グローバル競争するときにも人件費が安いのは大きいし。

久野

結局、日本の大企業の業績がいいのは海外で稼いでるから。

安田

それは安い人件費のおかげだと。

久野

はい。でも力のある中国企業が日本人を1本釣りし始めた。

安田

そうみたいですね。

久野

平気で「2000万払うよ」って。それで仕方なく日本企業も動き始めた。

安田

優秀な人から順番に外資に取られちゃいます。

久野

はい。エリートだけじゃなく、現場の有能な労働者たちもどんどん抜かれていく。

安田

現場ごと海外に持っていかれるってことですか?

久野

そうです。まず優秀な日本人が外国に行く。すると国内がスカスカの状態になる。国内に残るのは「安かろう悪かろう」みたいな依頼だけ。

安田

安かろう悪かろうになりますか?

久野

はい。わたしは「ただ安いだけの国」になってくと思う。

安田

人件費が下がっても、いい仕事は戻ってきませんか?

久野

戻ってこないと思います。現場が高度な仕事をこなせなくなるので。

安田

それは有能な人材がみんな海外に持っていかれるから?

久野

そう。ただし、安さだけで勝負するのも難しい。もっと安い国があるので。

安田

じゃあ有能な日本人は国から離れ、国内の産業はスカスカ状態になる?

久野

そうです。労働法の問題も非常に複雑になってるし。

安田

確かに。優秀な経営者も嫌になっちゃってますよ。

久野

その通り。

安田

お金だけ持って海外に行っちゃう経営者も増えてます。

久野

どんどん増えてますね。

安田

税法が厳しくなってきましたけど。逃げられないように。

久野

はい。持って出ていかれたら、日本の資産がどんどん減ってくので。

安田

労働者も出さないようにするんじゃないですか。法律で。

久野

それはあるかもしれないですね。

安田

渡航禁止とか。

久野

完全にグローバルの流れに反しますね。江戸時代に逆戻り(笑)

安田

江戸時代は経済が横ばいでしたけど、けっこう幸せだったみたいですよ。

久野

それは外の情報を知らなかったからですよ。

安田

確かに。でも、どうして日本だけがずっと横ばいなんですか? 周りはみんな上がってるのに。

久野

労働法の「上げた給与は下げられない」っていう構造がやっぱり大きい。

安田

だから上げないと。

久野

だってリスクじゃないですか。仮に1人1万円でも100人いたら100万のべースアップ。年間1200万。それがずっと続くんですよ。

安田

下手したら、それだけで赤字になっちゃいますね。

久野

一旦あげたらもう元へは戻せない。だから「賞与で」という発想になる。

安田

でも賞与は不定期なので生活水準は上がらないと。

久野

はい。来年もらえるか分からないから「抱え込もう」とする。

安田

まあ、そうなりますよ。

久野

経営者は給与を上げられないし、賞与では消費者も使えないし、っていうのがデフレの構造。

安田

ということはもう「下げるのとセット」にしない限りは上げられないと。

久野

そうです。それがない限りは経営者も賃上げできない。

安田

あのトヨタですら「無理だ」って言ってますもんね。

久野

業績に関係なく「社員の給与を上げ続ける」なんてのは、もう現実的に狂ってます。

安田

そうですよね。今後は世界標準に合わせて、給料も下げられるようになるんでしょうか?

久野

安倍政権は「解雇規制の緩和」も含め、よくキーワードに出すんですよ。支持率が高くて調子がいいときに。でも新聞で叩かれてすぐ引っ込める。ずっとこの繰り返し。

安田

じゃあ、やったら効果が出るのは分かってるけど、選挙に負けるからやらないと。

久野

そういうことです。

安田

みんな保身なわけですね。

久野

むかしドイツのシュレイダー政権が「解雇規制の緩和」をやったんですよ。

安田

ほう。

久野

で、シュローダーは没落したんですけど、ドイツは解雇OKになった。その代わり「市場に出た人間は必ず国が再教育して市場に戻す」と約束して。

安田

結果はどうなりました?

久野

経済は劇的に良くなりました。

安田

へえ。

久野

「犠牲になる政治家」がいないと、国は変わらないんですよ。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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