第61回「補償のせめぎ合い」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第61回「補償のせめぎ合い」

安田

コロナで助成金がでるって聞いたんですけど。

久野

もともと雇用調整助成金というのがありまして。一番使われたのがリーマンのときなんですけど。

安田

雇用調整助成金?

久野

リーマンみたいなときは、仕事がなくなって雇用が止まるじゃないですか。

安田

はい。

久野

たとえば「工場を止めました」ってなると、会社は従業員に休業補償を払わないといけないんですよ。

安田

それはどれぐらいの金額ですか?

久野

給料の6割を払わなきゃいけない。

安田

休ませて何も仕事をしてなくても?

久野

そうです。平均賃金の6割を払わなきゃいけない。でもそれが1カ月とか続くと、とてつもなくコストが出ていく。

安田

もって2〜3ヶ月でしょうね。普通は。

久野

だからそれに対して「ある一定の要件」を満たすと、国から助成金が出るわけです。

安田

払わなきゃいけない6割を国が補填してくれると。

久野

全部ではないです。2020年4月からは10分の9だけですね。あと教育訓練をすると加算がもらえる。

安田

なるほど。60パーセントの10分の9が補填されて、研修すればさらにプラスでいただけると。

久野

そうです。いろいろ細かい要件もあるんですけど。

安田

それが雇用調整金?

久野

雇用調整助成金。

安田

つまり会社が社員を「解雇しないように」補填してあげるってことですよね?

久野

そうです。基本的に雇用を守るため。だから財源も雇用保険から賄われてる。

安田

へえ。

久野

ただし不可抗力の場合は払わなくてもいい。

安田

不可抗力?

久野

たとえば台風みたいな天変地異に関しては、基本的に休業手当を払う必要はない。

安田

え?そういう場合は払わなくていいんですか?

久野

仕方がないので。

安田

でもコロナだって天変地異みたいなもんじゃないですか。

久野

コロナ自体は天変地異に類するものなんですけど。

安田

けど?

久野

コロナウイルスが直接の原因じゃないケースも起こるじゃないですか。たとえば中国から資材が入ってこないとか。

安田

それもコロナが原因じゃないんですか?

久野

それは事業主の責に帰すべき事由になるんです。だから休業手当は必要です。

安田

なんと!

久野

コロナウイルスに感染しました。その人を出勤させられません。ってのは事業主の責に帰すべき事由ではないんですけど。

安田

その場合は払わなくていい?

久野

はい。ただし単に「高熱が4日間続いてる」とかは責に帰すべき事由となる。

安田

つまり「コロナ感染」が認定されないといけない。

久野

はい。実際に陽性反応が出たとか。

安田

ややこしいルールですね。

久野

予防措置として休業するとか、資材が入ってこないとか、明日の仕事がないとか。そういうのはぜんぶ事業主の責の帰すべき事由。

安田

つまり社長の責任ってことですね。

久野

そういうことです。

安田

だから給与は払えと。

久野

休業手当を払えと。

安田

ということは、何らかの影響で売上が下がって、社員を休ませなくちゃいけなくなっても、給料は払わなくちゃいけない。

久野

6割は払わなくちゃいけない。ただし従業員が「怖いから行きたいくない」という場合は払わなくてもよい。

安田

従業員が自ら休む場合ですね。

久野

はい。それは本人の意志による欠勤なので。

安田

「本人の意志なんだ」って言わせる経営者が出てきそうですね。

久野

それが問題になってるんですよ。厚労省の見解もあいまいなので。

安田

実際にやってる経営者がいると?

久野

そこはせめぎ合いですね。会社としたら自分から「休みます」と言わせたい。でも社員からしたら会社に「休め」と言わせたい。

安田

給料が出るかどうかですもんね。

久野

たとえば実際に熱が出てたら、労務の提供もできないので欠勤なんですよ。

安田

会社が「休め」と言っても?

久野

「熱が出てます」となった時点で、会社が「休んでください」と言っても、支払いの補償はない“はず”なんです。

安田

はず?

久野

厚労省がすごくあいまいに書いちゃってるので。

安田

ちなみに、コロナの影響で資金が回らなくて「解雇するしかない」となったときは、正当な解雇理由になるんですか?

久野

それはなるでしょうね。解雇するときの「やむを得ない事由」に当たるので。ただし労働法的には単に解雇して終わりではダメ。

安田

そうなんですか。

久野

辞めるにあたって「会社にあるお金を差し出せ」とか「就職を斡旋しろ」とか、そこまで求められてる。

安田

つぶれるぎりぎりの状態でも、そこまでやらないとダメだと。

久野

そうです。

安田

ちょっと先行きが不安なので「整理して半分にしとこう」みたいなのは駄目?

久野

それをやると訴えられるケースが出てくる。整理解雇をするなら先に希望退職を募らないといけないとか、いろいろ段階があるんですよ。

安田

希望退職を募るのはOKなんですか。

久野

OKです。だから大手はスリムになるために、まず希望退職を募るじゃないですか。すごいお金も積んで。

安田

でも中小企業はそんなお金積めないし。どうしたらいいんですか。

久野

まずは資金繰りの確保です。助成金を申請してもお金が入ってくるまで4〜6カ月ぐらいかかるので。

安田

資金繰りの確保といっても、銀行に頼むぐらいしかないですけど。

久野

今であればコロナ融資枠ですね。まずそれを申請する。

安田

それは各銀行にあるんですか?

久野

金融公庫がつくってます。ます金融公庫に融資を申し込み、そして助成金の準備もする。

安田

それでも回らない場合は?

久野

最悪の場合は人員削減の検討に入るしかない。ただしその場合も解雇の回避努力は絶対に必要です。

安田

解雇する場合も仕事の斡旋とか、金銭保証も必要だと。

久野

その通り。

安田

人を雇うって、本当に大変ですね。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

感想・著者への質問はこちらから