第81回「営業マネジメントが死ぬ日」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第81回「営業マネジメントが死ぬ日


安田

パワハラ防止法が施行されたって話ですよね。詳しく教えてください。

久野

今年の6月に施行されました。パワハラはいま社会的問題になってるんですけど、要は「会社の中できちんと対策しなさい」っていう、法律ですね。

安田
罰則規定もあるんですか?
久野
罰則はないです。努力義務ですね。
安田

ちなみにパワハラって明確な定義があるんですか。セクハラは「相手が嫌がったら」みたいなグレーゾーンがあるじゃないですか。

久野
パワハラは一応、厚労省が定義してます。
安田
どのような?
久野
六つの種類がありまして。たとえば身体的侵害。殴ったりとか。
安田
それは駄目でしょうね。怒鳴るとかはどうなんですか。
久野
それは精神的侵害ですね。
安田

でも殴るのと違って境目が曖昧ですよね。どこからが怒鳴ったことになるのか。相手が「精神的に苦痛だった」っていったら、もう駄目なんですか?

久野
よくセクハラで「格好いい人が言ったらセクハラにならないよね」みたいな話があるんですけど。それは違ってて「一般的な人が聞いて駄目なライン」は駄目です。
安田
その「一般的なライン」を明確にしてほしいんですよ。
久野
それは明確にはできないんですけど。
安田
そこが明確じゃないと意味がない。元々「声が大きい人」もいるじゃないですか。
久野
声がでかい人はパワハラになりやすいです。
安田

そんなの生まれつきだと思うんですけど。ネチネチはどうなんですか。

久野
それもパワハラになりやすいですね。
安田
仕事のミスを追求するのもダメ?
久野

そこはすごく曖昧なんですけど。「ミスを執拗に責め続ける」とかはパワハラです。

安田

どこまで追求したら「執拗なのか」が知りたいです。

久野
ですよね。そこが曖昧なので。
安田
ちなみにパワハラって「上司から部下」だけですか。逆もあるんですか。
久野
逆もありますし、取引先とかも含めての包括的な感じです。
安田
じゃあ社長へのパワハラも認められるんですか?社員からパワハラされてる社長とかたまにいますけど。
久野
社長は労働者じゃないので認められません。民事で訴えるしかない。社長はパワハラされない前提なので。
安田

社長ってかわいそうですね。ちなみにこの法律を施行する狙いは何ですか?

久野
今更ですけど「職場でいじめがあったらいけない」と。
安田
そんなの昔からあるじゃないですか。
久野

小学校みたいなもんですよね。

安田
小学校のいじめのほうが、よっぽど問題だと思うんですけど。
久野
職場でも同じようなことが起きてるんですよ。近年はとくに安全衛生ってところに労働法の重きが置かれてまして。労働法って主に二つあるんです。お金の問題と安全の問題。
安田
健康問題ってことですか。
久野
そうです。社員の健康問題。パワハラで人が死ぬってことが起きてきたから。近代において、そんなことは絶対に起きてはいけないっていう。
安田

近代においてはそんな野蛮なことは許されないと。

久野
昔から許されないことだと思いますけど。
安田

昔はもっとひどかったでしょう。

久野
昔の大人はそんなことしなかったと思います。現代では人が命を落としてるので。
安田

だから法律で禁止したと。

久野
法律にしないと日本人は守らないから。
安田

どう考えても、昔のほうがひどかった気がしますけど。セクハラとかパワハラという言葉ができてから、取り上げられるようになっただけで。

久野

確かにパワハラって言葉ができたのは大きいですね。

安田

どちらかというと、今はみんなビクビクしてますよ。上司も経営者も。いつ「パワハラだ!」って言われるか分からないので。どう考えても今のほうが抑止力は働いてる。

久野

すぐ録音されますしね。

安田

そうですよ。それなのにわざわざ法律をつくるってことは、他に何か意図があるんじゃないですか?

久野
たとえば?
安田
死ぬ人が増えたからではなく、鬱になる人が増えたから。つまり打たれ弱くなっちゃって治療にお金がかかるから。社会保障費も増えちゃいますし。
久野
医療費の問題だと?さすが意図を読め!ですね。そこまで思い付かなかったです。
安田

絶対に金勘定ですよ。政治家がやることは。

久野

まあ最後はそこですよね。

安田

鬱になったら「会社が責任もって面倒みろ」ってことじゃないですか。

久野
そうかもしれません。社会保障予算も限界ですから。
安田
通勤してるだけで鬱になっちゃう人もいますけど。満員電車に乗れないとか。
久野

そうですね。いわゆる通勤鬱ですよね。

安田
いずれ出社鬱とかも出てくると思うんですよ。どこからがパワハラなのか。社員を鬱にした時点でもう駄目ってことになりそう。
久野
なりそうですね。
安田

満員電車で通勤させるのも禁止になるんじゃないですか。

久野
で、リモートにしたら、リモート鬱になっちゃったり。
安田

なってる人いますよ。実際に。

久野

リモハラとか、テレハラとか、どんどん増えていくんでしょうね。

安田
「一般常識で考える」っておっしゃいましたけど、一般的な常識ラインがどんどん変わっていってます。
久野

昔は学校の先生にぶん殴られるぐらいは「普通だ」って言われてましたからね。

安田
今そんなことやったらえらいことになります。たとえば上司が「成績悪い部下を怒鳴る」というのも駄目なんですか。
久野
駄目でしょうね。
安田
だったら営業会社は、どうやって売れない営業マンを詰めたらいいんでしょう。
久野
詰めること自体がもう駄目なんすよ。できてないことに対して数字を使って説明するのならいい。
安田
どこまでが説明なんですか。
久野
軽く問いかけるぐらいなら大丈夫でしょうね。執拗に1時間近く延々と聞き続けるとかは駄目。
安田
何分までだったらいいんですか。
久野
10分ぐらい。
安田

10分だったら、営業マンを毎日つめてもいいと。

久野
毎日、同じ事象でやるのはダメですね。
安田
だって同じ失敗を繰り返すんだから、しょうがないじゃないですか。
久野

いや、駄目です。明日には水に流さなきゃいけない。

安田
じゃあもう、売れない営業マンを詰められないってことですね。
久野
プレッシャーマネジメントはもう死んだんです。なしになっちゃったんです。6月からは。
安田
営業マンに目標を持たせること自体がダメになりそう。
久野
罰則はないけど、社会には受け入れられないってことです。人をつめないと売れないような商品はつくっちゃ駄目なんです。


久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから