泉一也の『日本人の取扱説明書』第22回「場の国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第22回「場の国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

名を言う順は、日本では苗字(家名)から。西洋では、その逆でfirst nameは個人の名。日本人の苗字は中村、田中、川上・・と先祖が住んでいたところに由来する「風景や場所」を表わし、西洋の苗字はSmith(職人)、Brown(茶), Jones(ジョーンの子)といった、先祖の職業・特徴・名前といった「個人」に由来する。

住所もしかり。日本では県や市といった大きな場から小さな場へと書き、最後に個人名となるが、西洋では個人名から始まり、さらに小さな場から大きな場へと書いていく。つまり、場が最初にあって、個人に向かう日本と、個人がいてその個人がどの場にいるのかという西洋と全く逆視点なのである。

中国・朝鮮も日本と同じように場から始まるが、この東洋的視点と西洋的視点の違いはどこから来たのだろうか。大昔、アフリカを出立した祖先たちは、西に行く者と東に行く者で別れた。想像するに、西に行く者たちは夜型であり、東に行く者たちは朝型であった。朝型人は、朝から調子が出るので、太陽と共に太陽のリズムで過ごした。彼らは未知の領域へ旅立つ時、自然と日が昇る東に向かった。つまり東へ向かった人の祖先は、太陽を敬い「昼」が好きだったに違いない。逆に西に向かったものは、太陽が沈む「夜」が好きだったに違いない。夜空の星を見て壮大な物語を創作し、星座を作ったギリシャ神話などからもわかる。

東洋人は太陽を中心とした生活をする。太陽の視点でものを見ている。つまりお日様が照らす大きな「場」があって、個がそこに存在する。西洋人は、夜の暗い中で「個」が中心の視点でものを見たのだろう。陰陽でいうと、東洋は陽の元にいる個(私)は影=陰となり、西洋は陰の世界にいる個(私)は光=陽となる。よって東洋は陰の文化(お陰様、謙虚)が発展し、西洋は陽の文化(個の権利、アピール)が発展した。ちなみに宗教でいうと、仏教での最高仏は大日如来(太陽の仏)、神道での最高神は天照大神(お日様)であるが、キリスト教とイスラム教の最高神は太陽でない。かなりの偏見であるが、日本人でも朝型の人は東洋的で、夜型の人は西洋的な感じがしないだろうか。

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