泉一也の『日本人の取扱説明書』第57回「(り)が消えた国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第57回「(り)が消えた国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

 

日本人が得意とする「おもてなし」。おもてなしとは相手(客)に心配りをするということ。心を配るとは心を人に与えるということ。心を与えるにはそれ相当のエネルギーが必要である。心が貧しい人は、自分の心を人に与えることができない。心を配られるとどう感じるだろう。ほっと安心するのと同時に大切に扱われたという喜びが込み上がるはずだ。溢れる心のエネルギーが伝わり、安心と喜びを生み出すのが「心配り」である。これが文化になっている国は精神的に豊かである。

しかし、現代の日本ではその心配りの「り」が消えて、「心配」に転じてしまった。子供の未来を心配し、会社の未来を心配し、自分の将来を心配する。その心配の連鎖反応がそこかしこに生まれている。想像してほしい。たとえば、あなたが大切にしている人が心配症だとしよう。いつもあれこれと心配していて、心が落ち着かない。悲しんだり不安になったりと不安定である。あなたはその人と離れている時、その人が心配してないだろうか、と心配をする。こうして我々の人と人の関係性を通して、心配というウイルスが蔓延している。

さらに想像してみよう。社会で成功したある男に待望の男の子が生まれた。その子は育っていく中で、男と性格も興味も全く違うことがわかってきた。男は親の言われた通りに素直に頑張って、学校でいい成績をとり、公務員になって社会的に成功をした。一方、息子は男の言うことをきかず、学校もろくにいかない。大切に思う息子のことを毎日心配する日々を過ごした。「このままでは息子は社会に出た時困るに違いない・・」。息子は大好きな父親が自分のことで心配をしていることを知って心配をかけまいと頑張るが、どうしようもない苦しみの中に入り込む。親が大好きな食べ物がアレルギーで食べられないのだ。そして、息子が苦しむ姿を見て、男はさらに心配がエスカレートし息子もさらに苦しみが増えた。苦しすぎて外(社会)に出られない。息子は心配の監獄に引き込もることにした。

息子はこの苦しみを与えた元凶が父親だと次第にわかってきた。そして、父親に暴力を振るうようになった。それでは物足らず、父親を通して見える社会を恨み、全てを破壊したい衝動にかられるようになった。ある時、男は通り魔殺人をして自殺をした人のニュースを見た。息子と全てが重なって見えた。いかん、社会に迷惑をかけては。ものすごい責任感と使命感が沸き上がり、息子を殺すことにした。

これは安心と喜びとは真逆の世界。なぜ、こうしたことが起こるのか。工場でどんなに工夫をしても不良品が出るように、心配の監獄に引き込もった息子が生まれたのだろうか。それは違う。心配の増幅サイクルが生み出したのである。心配りではなく、心配が蔓延するようになったその大元にメスを入れないと同じことが繰り返される。もう一度、心配りが中心の文化を取り戻すためには(り)が必要なのだ。その(り)とは(里)である。郷里の(り)である。

日本人は無条件降伏による敗戦とその後のGHQ主導の復興の中で、精神的な郷里を失った。精神的郷里がないと人は精神的に不安定になる。自分を形成している大元がないからだ。なぜ自分は日本人で日本語を使い日本文化に影響を受けて今を生きているのか。数えきれないほどの先祖たちが、後世に心を配って作ってきた土台の上に生きているが、そこに喜びも感謝も誇りも感じることができない。自分の足元と精神的つながりがないのである。

この精神的郷里がないと、土台がふらついているので不安が多くなる。特に、社会的なことに対してである。戦後はその不安が生物的本能のスイッチである「食べる」とつながり、経済発展のパワーとなった。しかし、「食べる」が満たされ生物的本能から人間的本能に変わった時、不安はブレーキとなった。余計なことをしないようにしよう。無難に過ごそう。そうして、社会を作っていくパワーが失われ、大切な人たちを心配するようになった。ちなみに、このコラムがこうして存在するは、日本人の(り・里)が失われたからである。

ここまで読んでどうだろう。もしあなたの心配が増幅されたのなら、心配ウイルスに感染していますよ。(り・里)の薬を処方しますね。

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

著者ページへ

 

ブルー・オーシャン戦略は、未知の新大陸を探しだす作業ではありません。
新たなブルー・オーシャンは今いるレッド・オーシャンの中に無数に存在するのです。

感想・著者への質問はこちらから