成長しない変化

成長とは変化である。
小さな青虫が大きな青虫になることを、成長とは言わない。
サナギになり、蝶になることが、真の成長である。
これは、私が十年ほど前に、本に書いた内容だ。
今でもその考えには変わりはないのだが、
明確にしておきたい事がひとつだけある。

それは、成長とは変化であるが、
変化が成長であるとは限らない、ということ。
ややこしい話なのだが、これはとても重要なことなのである。
まず、成長とは変化である、という部分。
これは前述した通り、「変化を伴わない成長は、
真の成長ではない」という意味である。

そして、変化が成長とは限らないという部分。
ここが非常に大事なのだが、「成長しない変化」というものが、
私たちの周りには確かに存在するのである。
たとえば何百年も前から、同じ場所を流れ続けている川。
一見、何の変化も起こっていないように見える。
だが、流れる水は変化し続けているのだ。

七百年続いた弥生時代や、三百年続いた江戸時代。
そこでは時間が止まって見える。
だが実際には、その中で生きている人たちは
入れ替わり続けていた。
川の水が、入れ替わり続けているように。

水の入れ替わりが無くなれば、川は澱んでしまう。
人の入れ替わりが無くなれば、社会は滅びてしまう。
生きている川、生きている社会は、
常に中身が変化し続けているのである。
言い換えるなら、変化の無い川や社会は、
滅びてしまうということ。
だがそれは、成長し続けるということではない。

江戸時代も、弥生時代も、劇的に成長した時代だとは言えない。
だが変化し続けていたことは確かなのである。
私たち現代人は、変化を意識する時に、
外見に囚われ過ぎてしまう。
たとえば、サナギが蝶になった瞬間に、
私たちは「変化が起こったこと」を認識する。
だが実際には、サナギという入れ物の中で、
絶えず細胞は変化し続けているのだ。

新しい事業を始める、新商品をリリースする、
売上高が伸び続けている。
そういう会社は、いかにも変化しているように見える。
同じ業界で、同じ商品を扱い、売上高もずっと同じ。
そういう会社は、変化していないように見える。
だが生き残る会社は、
間違いなく見えないところで変化しているのである。

将棋の羽生善治氏は、
頭の中にある将棋盤で思考の訓練をするそうだ。
その姿は、ただ縁側を眺めているようにしか見えない。
だが頭の中では、とてつもない変化が起き続けている。
売上を伸ばし続ける、利益を増やし続ける、
という成長に、私たちは慣れ過ぎてしまった。
だが伸ばし続けることには、必ず限界がやって来る。
その時に私たちはどうするべきなのか。

現状維持とは、同じ状態を繰り返すことではない。
変化し続けることによってのみ、現状は維持されるのである。
変化が無くとも、業績アップという成長は起きる。
だがそれは、小さな青虫が大きな青虫になるようなものだ。
重要なのは大きさではない。
変化し続けることが重要なのだ。
巨大化せず、変化し続けることによって、
ほ乳類は生き残ったのである。


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