停止できない思考停止

東京という街では、誰もが先を急いでいる。
点滅を始めた青信号は、「注意」ではなく「渡れ」の合図だ。
エスカレーターでは決して止まらず、黙々と歩き続け、
扉が閉まる直前の電車を見かければ、躊躇なく走り込む。
なぜ、それほどまでに急いでいるのか。
アポイントに遅れそうなのか。
あるいは1秒も無駄にすることなく、仕事をしたいのか。

一人ひとりを呼び止めて、
急いでいる理由を取材してみたいものだ。
どうみても仕事をしてなさそうな初老の男が、
待ちきれなくて赤信号を渡る。
3秒後に信号は青に変わる。
10歩ほど先を行くその男に、私は聞いてみたい。
その10歩にどういう意味があるのか、ということを。

停止することができない。
その無駄な時間に耐えることができない。
それは効率を重んじているからなのか。
より有益な時間を増やすためなのか。
だとしたら、なぜこの国の生産性は
これほどまでに低いのだろう。

1秒たりとも立ち止まらず、
1歩でも多く前に進み続けた結果、生産性が下がる。
なんと皮肉なことだろう。
1秒、1歩を無駄にしない人たちの収入は、
どんどん下がり続けて行く。
これは時間を管理されている会社員に限った話ではない。
管理されていないはずの経営者も、とにかく急ぐ。

彼らは決して立ち止まらない。
だがそれは、
時間を無駄にすまいと考えているからではない。
考えた結果急いでいるのではなく、
考えるまでもなく彼らは急いでいるのだ。
どういう時間が無駄で、どういう時間が無駄ではないのか。
そんなことを考える時間が、そもそも無駄だからである。

無駄なことをしたくないから、
無駄なことに時間を使わず、ひたすら前に進み続ける。
それは完全な思考停止状態。
急いでいる本人たちは、きっと否定するだろう。
何も考えていない奴が、
ダラダラと無駄な時間を過ごすのだ。
考えるまでもなく、俺たちは考えている、と。

とにかく急ぐ。
とにかく働く。
とにかく目の前の仕事をこなす。
これで生産性が上がる方が不思議である。
果たして自分は考えているのか。
現代人にはそれを考える習慣がない。
いや、考えないで行動する習慣が、
完全に刷り込まれてしまっている。

考えるとは、立ち止まることだ。
人は走りながら考えることが出来ない。
それは、体を動かしながら思考できない、
という意味ではない。
針を動かしたままでは時計の修理は出来ない、
という意味である。
道に迷った時、歩きながら地図を見る人がいるだろうか。
ましてや走りながら、地図など見られるだろうか。

自分の立ち位置を確かめる。
そのためには、まず立ち止まらなくてはならない。
立ち止まらない人は、迷っているという自覚のない人。
前に進むことが正しいと信じ込んでいる人だけが、
黙々と前進し続けるのである。
その結果、間違ったゴールにたどり着く。

仕事が過酷になり、労働時間が伸び、
報酬は下がり続ける。
社員はみんな頑張っているのに、
会社の利益は一向に増えない。
報酬を増やすこともできない。
それは、なぜなのか。
景気が悪いからなのか。
政治家が無能だからなのか。

いや、そうではない。
なぜ、そうなってしまうのかを、
考えていないからである。
人が採れない原因を考えることなく、
求人広告を出し続ける。
売れない原因を考えることなく、
営業マンを走らせ続ける。
だから、給料は増えず、会社は儲からず、
この国の生産性は上がらない。

 


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