二足歩行の境目

人類の祖先である猿は、
あるとき木から降りることを決意した。
地面に降り立った猿は遠くを見るために背伸びし、
やがて二足歩行するようになる。
二足歩行によって大きな頭蓋骨を
支えられるようになり脳みそが発達した。

誰しもこういうストーリーを
聞いたことがあるはずだ。
二足歩行こそが人類の飛躍的進化の要因であると。
ではなぜニワトリではダメだったのか。
足の筋力などは人間よりもはるかに強そうだ。
大きな頭蓋骨も支えることができるだろう。

確かに首の筋力は弱そうだ。
ではカンガルーはどうだろう。
あれほどマッチョで筋肉質の個体は
人間でもなかなかいない。
だが現実的にニワトリもカンガルーも
大した頭脳を持ち合わせてはいない。
パンツすら履いていないではないか。

人間の赤ん坊は1歳になると二足歩行を開始する。
早い子なら10ヶ月くらいで歩き出す。
これは筋力の発達によるものだろうか。
もちろん立ち上がるためにある程度の
筋力は必要である。足、背中、腹筋。
ここが強くならないと体を支えられない。

では筋力がつけば子供は立ち上がるのか。
私はその理論には懐疑的である。
科学的な根拠など微塵もないのだが、
どうにも違和感がある。
確かに立ち上がる子供の体を
支えているのは筋力かもしれない。

だが歩行するために必要なのは筋力だけではない。
それは二足歩行のロボットを見れば明らかである。
重要なのは下半身の強さではなくその頭脳だ。
ほんの少しのアンバランスを完璧に調整できる能力。
人の脳みそはその機能を子供の頃から備えている。

そもそも赤ん坊はなぜ立ち上がるのか。
大人を見て真似ているのか。
いや、それだけではないだろう。
立ち上がって遠くを見たい。
もっと自由に動きたい。
その衝動が赤ん坊を立ち上がらせるのだ。

どう考えても無茶な、か弱い赤ん坊が
必死で立ち上がろうとする。
そしてバランスが保てず倒れる。
何度も何度もそれを繰り返すうちに
脳内のシナプスが伸びていく。

倒れそうで倒れない。
ギリギリのところで重心をコントロールする。
そうやってだんだん絶妙なバランスを
維持できるようになる。
この執着は何がもたらしているのか。

早く走るため。手を自由に使うため。
いや、四足歩行の動物は人間より早い。
カンガルーは自由に手を使わない。
では何のための二足歩行なのか。
子供をみれば答えは明らかだ。
人を二足歩行に駆り立てるもの。
それは好奇心なのである。

 


尚、同日配信のメールマガジンでは、コラムと同じテーマで、より安田の人柄がにじみ出たエッセイ「ところで話は変わりますが…」と、
ミニコラム「本日の境目」を配信しています。安田佳生メールマガジンは、以下よりご登録ください。全て無料でご覧いただけます。
※今すぐ続きを読みたい方は、メールアドレスコラムタイトルをお送りください。
宛先:info●brand-farmers.jp (●を@にご変更ください。)

 

感想・著者への質問はこちらから