「ハッテンボールを、投げる。」vol.3 執筆/伊藤英紀
経営理念さんは、こう言います。
「生きていくうえで大事なことって、事業をとおして、人に喜んでもらうことだと思う。与える喜びの総量が増えれば、その見返りとして会社も潤うし、社員だってうれしい。それがビジネスにおける豊かさ創造ってやつじゃないかな。だから私は、どんな方針でどんな喜びを提供するか、会社を方向づけていきたいんだ。」
成果主義くんは、こう返します。
「なんだか、ぼやんとした話だなあ。会社ってのはさ、人間が幸せに生きるために、自分の実力で、お金や身分的な成功を手に入れるところだろ。売上げという成果に貢献したヤツほど、報酬や権限がでかくなる。とてもフェアじゃないか。このフェアな競争原理が、社員を伸ばし、会社を成長させていくんだよ。目標数字を超えていくヤツが多いほど、会社は輝くんだよ。」
経営理念さん
「でも、会社は社会の流れにあわせて変化しなければならないよね。市場環境も目まぐるしく変わるし、競合も多いし、お客様も立ち止まっているわけじゃない。だから、サービスを改良したり、新しく生み出したりしなきゃ、そのうち見捨てられてしまう。会社のリソースを生かして、新規事業のアイデアも欲しいよね。ところが、数字評価の成果主義では、社員みんなが目先主義におちいっちゃうんだ。直線的かつ単純に、あしたの数字を伸ばすことばかりにとらわれてしまい、長いレンジで事業サービスをさらによりよくするアイデアを出しあえなくなるんじゃないかな。」
成果主義くん
「アイデア、出せばいいじゃないか!で、そのアイデアが、いくらの利益を生むのか、数字的成果の裏付けをもって経営にプレゼンすればいい。いくらの売上成果を出すか、数字的根拠を示せば、誰でも新しいプロジェクトの主役になれる。そして数字にコミットして結果を出せば、誰でも報酬や権限が手に入る。それが成果主義のダイナミズムさ。成果主義は、徹底的に数字にこだわるからこそ、無駄で無益なゼイ肉を会社からそぎ落とすんだ。とても効率的で合理的。仕事の良否の判断や意思決定の基準が明確になって、スピーディー。筋肉質なスピード経営こが、強い経営だろ?」
経営理念さん
「アイデアを出すたびに、“で、それを実現すると、売上げはいくら伸びるの?数字へのコミットは?数字的根拠は?”なんて聞かれていたら、そのうち誰も新しいことは一切発案しなくなっちゃうよ。なぜって、新しいことは、成果が絶対に上がるという数字的根拠を起点にして始まるわけじゃない。お客さんや社会の期待や気分は、こんな背景で変わってきている。だからその期待にこんなやり方で応えれば、こんな喜びや解決を提供できるよ。競合他社もやっていないことだから、それができたら注文が増えるね、うれしいね、という“喜びストーリー”が起点。これを、仮説っていうんじゃない?この仮説に共感するかどうかが、価値創造の始まり。共感したら、そのあとみんなで“数字的な目標”を決めればいい。未来はとかく見えにくいもの。見えにくい未来を、“とにかく数字で見せろ!”という態度は、社員の発案意欲を委縮させる高圧的な態度だと思うけどなあ。」
成果主義くん
「おい、経営理念。お前の仕事は、社員を一つにまとめることだろうが。なのに、言っていることがゆるいんだよ。お前、経営理念の仕事をぜんぜんやってないじゃないか!そんな考えじゃ、会社の統治が甘くなって、観念的なメルヘン野郎が増えて、今期の売上げ目標必達への執念が絶対落ちる。たいした売上げをあげないヤツほど、未来がどうのとツベコベいう。新しいサービづくりだあ?やりたきゃ、№1セールスになってからやれ!」
経営理念さん
「成果主義大好きくんはすぐに、優位な立場からマウントを取って、他者の意見を遮断する人が多いんだよねえ。誤解しないで欲しいんだけど、社員を一つにまとめるというのは、社員全員が売上げ一辺倒の鬼になって、わき目も振らずに目の前の成果を追うことじゃないよ。そんなのは社員の一元的な盲従化であり、画一的な価値観や思考の強制じゃないかな。会社を均質化して社員から多様性を奪えば、ちょっと違う考えをするユニークな人材を追い払うことになってしまう。そんな会社に曲線的な柔らかな思考をベースにした、ていねいで建設的な議論なんかできない。とにかく短期の売上げ数字こそ大事という直線的な成果主義が、社員の呪縛となって、柔らかい発想や創造的な議論の芽をつぶす。社員に意見を言わせない空気で、会社を覆ってしまう。そんな会社で、楽しい仕事ができるかな?いい人材が集まるかな?長期的に成長できるかな?成果主義マッチョくん、どうだろう?」
成果主義くん
「誰がマッチョやねん!俺は、あしたの売上げをしっかりつくって、会社の土台をガチッと固めることこそが成長戦略だと思っている。ビジョンがどうのこうのじゃなく、現実の利益にこだわるリアリストをいっぱい育てることが、組織を強くすることだと信じている。あしたの売上げがあしたの給料に直結する成果主義、バンザイ!だ」
経営理念さん
「成果主義くん、仲良くしようよ。きみは、極端すぎるんだよ。きみみたいな人も、会社には必要。でも目先ばかりではなく、先行きを見通せるビジョナリーな人材も会社には必要。いろんな人材が、それぞれの長所を生かしている会社を、多様性のある会社というんだよ。だから、成果主義だけで会社を覆わないで欲しいんだ。『成果による報奨は、人を育てるうえで必要だ』という考えと、『短期利益還元型の成果主義こそが、会社を成長させるエンジンだ』という考えは違う。『格差が開く一方の社会はダメだ』という考えと、『社会は絶対平等であるべきだ』という考えが、似ているようで違うようにね。いい人材を採用して育てようと思うなら、短期の成果主義だけで人の優劣を決めちゃだめなんだよ。なぜかっていうと、長期で“成果”を生もうとする考えと人を排除することになってしまうのだから。」
成果主義くん
「なあんだ。お前も結局、成果主義者じゃないか!」
経営理念さん
「そうだね。経営理念は、長い目で成果を継続的に生んでいくための、“多様性育成装置”であるべきなのかもしれないね。」
ふたりの対話をお聞きの皆さん、どう思いますか?