これからの採用が学べる小説『HR』:連載第7回(SCENE: 013〜014)【第2話】

 


 SCENE:014


 

 

店の名は「クーティーズバーガー」。アメリカっぽいというか、ログハウス風の店内は凝った作りだ。ゆったり座れるテーブル席が10席程度と、カウンター8席。立地を考えれば広めの店舗だと言えるだろう。
俺たちは店舗中ほどのテーブル席に座り、神経質そうな社長と向かい合っていた。
社長は怒り心頭という感じだった。当然だ。もともと怒っていた所に、俺たちが当たり前のように遅刻してきたのだ。
「どうなってんの、おたくの会社」
「……すみません」
隣の保科は我関せずとでもいうように黙っているので、俺が謝るしかない。
「すみませんじゃないよ、何考えてんだよ」
怒りのせいか、声が震えている。だが、怖いとは思わなかった。それは社長の風貌のせいかもしれない。
ハンバーガー屋のオーナーと言えば、何となく屈強な人物を想像してしまうが、社長はそういうタイプではなかった。年齢は四十代半ばくらい。痩せ型で顔色が悪く、薄手のジャケットの中にギンガムチェックのシャツを着て、買ったばかりなのか妙にきれいなMacBookを置いている。何というか、精一杯背伸びして「できるビジネスマン」を装っているが、それがあまり成功していない感じだ。
俺は思わず、社長の向こう、奥の厨房の中で仕込みをしているスタッフに目をやった。大きな体をした、少し強面のコック服の男。あっちの人のほうがハンバーガー屋のオーナーという感じがする。
「おい、聞いてるのかよ」
「あ……はい。聞いております」
慌てて言うと社長は「まったく」と大きなため息をつき、大きな声で畳み掛ける。
「うちがおたくにいくら広告費払ってるか知ってんの? それなのに全然採用できないじゃない。毎回毎回ただ平謝りするだけでさ、だから担当変えろって言ったんだよ。ちゃんと採用できる奴をよこせって。そしたらいきなり遅刻してきて、こっちの話もまともに聞いてない。舐めてんの、俺のこと」
俺は驚き、思わず隣で黙ったままの保科を見た。そういう経緯だったのか。その一発目のアポで遅刻……社長が怒るのも当然だ。
「いや、そんな、舐めてなんて……すみません」
そして俺は今更のように、社長がずっと保科ではなく俺に対して言葉を投げていることに気づいた。
……もしかして社長は、俺が新しい担当営業だと思っているのか?
「まあいい、とにかくあんたがどういうプランを持ってきたのか聞かせてくれ。こっちも忙しいんだ」
絶対そうだ、と思った。そして保科もこうなることをわかっていて俺を連れてきたに違いない。
クソ、なんて人だ。
心の中で悪態をつきつつ、それでも俺は社長の言葉に安堵を覚えた。クレーム対応には慣れていないが、「プランの説明」なら毎日やってきた。保科が何も言わないつもりなら、俺だって勝手にやらせてもらう。
そして俺はいつもの商談のように、現在あらゆる業界で採用難が続いていること、有効求人倍率は高まるばかりで、要するに求職者側の完全な売り手市場になっていることなどを説明した。その上で、特別な顧客にしか適用できない施策を使えないか交渉してみる、それによって中長期的な掲載料金の割引が実現でき、限定枠のオプションにも参画しやすくなる、そう言うと、社長の怒りのトーンが明らかに薄まったのがわかった。
「そういった打ち手を取れれば、恐らく御社の採用活動も、改善されているのではないかと思っているのですがーー」
「ふん……なるほどね」
社長は小さく頷きながら手元のMacBookを操作する。そして本体をぐるりと回転させて、ブラウザ上に表示されたGoogleスプレッドシートを見せた。
「ざっくり計算すると、いま採用単価はこれくらいなわけ、これをいくらまで下げられる?」
俺はいよいよ手応えを感じた。この手の会話ならお手の物だ。俺は一応オフィスから持ってきていた様々な資料と電卓を取り出すと、施策適用がかなった場合の掲載料金を即座に計算する。
「そうですね、だいたいこれくらいまでは下がるのではないかと思います」
俺はそう言って電卓を社長側に向ける。社長は目を細めてその金額を見つめ、「なるほどね」と呟くように言う。
勝った、と思った。これで立場は逆転だ。実際、施策適用がかなうかどうかは別としても、俺がこれまでに培ってきたいろいろなノウハウを使えば、少なくともこれまでよりも割安な掲載を実現できる。
「もちろん、これは概算ですので、再度弊社にチャンスを頂けるということであれば、あらためて具体的なお見積を作成させていただきます」
スラスラと口を出る言葉に、我ながらいい感じだと思う。社長の表情も緩み始めた。よし、これでもう大丈夫だ。
……しかし、一体俺は何をやっているのだろうか。
わけもわからないまま商談をしてしまったが、俺は別にこの店の営業担当でも何もない、隣でただ黙って座っているこの頭のおかしい制作マンにつれられて、クレーム処理をさせられただけなのだ。そもそも俺は、「研修」に来ただけなのに。……まあいい、とりあえずこの場を収めて、あとでしっかり文句を言ってやる。こんな状況を知ったら、あの鬼頭部長だって俺をすぐに呼び戻すに違いない。
頭の一方でそんな事を考えながら、「いかがでしょうか。弊社にもう一度チャンスをいただけませんでしょうか」とトドメの一言を投げた。
「……オーケー、わかったよ。もう一回だけ、おたくで掲載してあげるよ」
「ありがとうございます。それでは社に戻り次第、さっそく見積もりをーー」
これで終わりだ。
確信を覚えて資料を片付け始めた時、それまでずっと黙っていた保科が、小さく笑い、そして、信じられないことを言った。
「バッカじゃねえの」

SCENE:015につづく)

 


 

著者情報

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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