これからの採用が学べる小説『HR』:連載第14回(SCENE: 022)【第3話】

HR  第3話『息子にラブレターを』執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

 


 SCENE:022


 

 

 HR特別室を室長と共に出発して、約30分。到着したのは葛西駅から徒歩10分程度の場所にある、総合病院だった。3階建てであまり大きくはないが、奥に長い独特のつくりだ。

「具合悪くないのに病院行くのって、なんか罰当たりな気がしない?」

よくわからないことを言いつつ、室長はタッチ式の自動ドアに触れる。あまり新しくないのだろう、足の悪い老人のようなスピードで扉が開く。

言葉とは裏腹に、室長の足取りは軽い。まるでスキップくらいしそうな勢いだ。入ってすぐに総合待合があり、そこは老若男女でごった返していた。そういえば、インフルエンザがどうの、というニュースが昨日やっていた気がする。俺は思わず口を手で押さえつつ、室長の後を追う。

「総合案内」とプレートのかかった受付スペースに行くと、室長は深々とお辞儀しながら名刺を差し出した。

「こんにちは、私、こういう者です」

ベテラン風の受付スタッフがギョッとした顔で室長を見返す。確かに、病院の受付でいきなり名刺を出してくる人間は多くなさそうだ。

「今日は、中澤工業の中澤社長とお約束があって参りました」

50台半ばくらいだろうか、大手企業の経理課にいそうな雰囲気の女性スタッフは、冷たい目で室長を見据えると、手元のファイルを開いた。入院患者のリストなのだろう。

「お約束……ご面会ですね」

パラパラとページをめくりながら言う受付スタッフに、室長は言う。

「違いますよ。私は商談に来たんです」

ファイルに置かれた手が止まり、ゆっくりと視線が上がる。

「……商談」

「そう、商談です。病院で商談なんて、珍しいですよねえ」

何がおかしいのか、1人で笑う室長に受付スタッフは顔をひきつらせ、そして、なんなんですかこの人、とでも言わんばかりの目を俺に向ける。……いや、そんな怖い目をされても、俺にだってさっぱりわからない。

俺が苦笑いを返すと、受付スタッフはため息をつき、意外なほどあっさりと部屋番号を教えてくれた。こんな変人には関わらない方がいいと思ったのかもしれない。

患者で満載のロビーは嫌でも騒がしかったが、室長と二人廊下を進んでいくと、いつの間にか病院独特の空気になった。小さなころよく行った市民プールを思い出す消毒液のにおい。内科、皮膚科を過ぎ、キヨスクに似た小さな売店を抜けると、目的の入院棟入り口があった。それを示すプレートの上に、走る人間の描かれた非常口の誘導灯があって、妙に不気味だ。

入院棟に入るといよいよ臭気は強くなった。消毒液に人間の生活臭というか、汗と排泄物の生々しいにおいが重なる。節電なのか蛍光灯が半分ほど消されているせいもあって、空気は重い。

「あの……それで、どういう案件なんですか」

さらに廊下を進みながら言う。本当に奥に長いつくりだ。この様子だと入院患者も多いのかもしれない。

「どういう案件って?」

「いや……だから、どういう客なのかとか、募集職種はなんなのかとか……」

「ああ、僕もまだ詳しくはわからないんだよ。とりあえず行ってきて、と言われただけだから」

「とりあえずって……」

「三部のお客さんでさ、ちょっとトラブってるみたいなんだよねえ」

「え?」

驚きつつも、またかと思う。こないだ保科と行った案件も、社長がカンカンだった。最終的になんとかおさまったからよかったものの、どうしてHR特別室はこういう案件が多いんだ。

……そう考えて、俺は気づいた。

HR特別室というのは、営業部でどうにもならなくなった客を押し付けられる、いわばクレーム処理班なのではないのか。鬼頭部長が電話で、「HR特別室はそう甘くねえぞ」と言っていた理由も、そういうことなのかもしれない。

ということは俺はやはり、M社の件で「罰」を与えられたということなのだろうか。

げんなりしながらエレベーターに乗った。大手企業ばかりを担当する営業一部の俺が、三部の客に会いに行くなんて、それだけで屈辱だ。

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