SCENE:036
「あの……今日って、どういうアポなんですか」
AA本社の入っているビルと同じような広いエレベーター。高橋と並ぶと、かいだことのないスパイシーな香水が鼻に届く。あの鬼頭部長の先輩、ということは俺よりも二回り以上年上のはずだが、そんな風にはまるで見えない。
「どういうアポって、別にあんたが知る必要ある?」
……だが、威圧感は確かに、鬼頭部長以上だ。
今朝、HR特別室に出勤すると、高橋のアポに同行するようにと宇田川室長に言われた。
もちろん俺はその場で内容を聞いたのだが、あのふわふわしたおっさんが教えてくれたのは、クライアント名と待ち合わせ場所、時間だけだった。相変わらず、状況説明は一切ない。
まあ、だが、その時の俺は、そんな室長の対応に対し何の不満も覚えなかった。保科と行ったクーティーズ然り、室長と行った中澤工業然り、印象的ではあるが所詮は小さな個人店、そして町工場だ。だが、今回アポ先がBAND社だと知った俺は、要するに、舞い上がってしまったのだ。
「きょ……今日のクライアント、個人的にも好きなんですよ」
その気持ちがまた蘇ってきて、俺は思わず言った。すると、高橋はその小顔をこちらに向けて、はあ? という顔をする。
「なんで?」
「い、いやだって、すごい会社じゃないですか。自分、商品も使ってるし」
そう言って鞄の中からPOのモバイルバッテリーをちらりと見せた。高橋はそれを冷たい目で捉えると、ため息混じりに首を振る。
「残念だけど、あんまり期待しないほうがいいわよ」
「え? どういうことですか」
エレベーターの中は適度に混んでいる。変に静か過ぎる空間より、適度なざわつきの中の方が人間は話しやすいのだと東京に出てから知った。エレベーターの外に面した方の壁はガラス張りで、眼下には芝公園、東京タワーが見えている。
高橋はかすかに目を細め、鼻で笑った。
「ま、百聞は一見にしかず。せいぜいショックを受けないようにね、僕ちゃん」
その時、エレベーターは目的のフロアに到着した。
(SCENE:037につづく)
児玉 達郎|Tatsuro Kodama
ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。
お仕事のご相談、小説に関するご質問、ただちょっと話してみたい、という方は著者ページのフォームよりご連絡ください。
1件のコメントがあります
新章待ってました!
とはいえ、この気になる終わり方~(笑)
また長い1週間が…