鬼頭部長はスタバのコーヒー片手に、どこか物憂げな表情で中に入ってきた。俺に向けて肩をすくめてみせると、「こんな騒がしい営業一部は初めて見たな」とこめかみを掻く。
「部長の指示じゃないんですか。このテレアポ施策は」
「まあ、なにか対策を打てと指示したのは俺だ。……ちょっと強く言い過ぎたかもしれん」
そう言って鬼頭部長は扉を振り返る素振りをする。
そして俺を改めて見ると、「どうだ、久しぶりの東京は?」と聞いてくる。
「……新橋だって東京ですよ。山手線でたった2駅だ」
「ほう。意外な答えだ。“意識高い系”筆頭の言葉とは思えん」
今度は俺が肩をすくめる番だった。鬼頭部長は目を細めて俺を見、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「――で? どうだった。HR特別室での“研修”は」
「……わかりません」
俺は正直に答えた。HR特別室で過ごした1週間が、俺の何かを変化させたのは事実だろう。だが、それが何なのか、どんな意味を持つのかは、俺自身にもまだわからない。
「ただ――」
「ただ?」
俺は小さくため息をついた。それはある種、自分の敗北を認めた証拠のように思えた。自分、そう、これまでの自分の敗北。
「部長の仰っていた通り、HR特別室は甘くありませんでした」
「……そうか」
そう言ってしばらく間を置いた鬼頭部長は、何気ない風に言った。
「延長を申し出たそうだな、研修の」
誰かが話したらしい。室長か、高橋か――。
だが、事実だ。酔った勢いもあっただろうが、事実俺は、それを望んでいた。
「ええ」
「だが、断られた」
「ええ。でも、今はそれでよかったんだと思ってます」
俺は先ほど見たオフィスの状況、そして俺を怒鳴りつけた岡田の様子を思い出しながら、言った。
「ほう、なぜだ」
「宇田川室長に言われたんです。僕の中に起こった変化を、職場に持ち帰って皆に伝える責任があるんだって。その時はよくわからなかったんですが、ここに戻ってきた今は、なんとなくわかるような気もするんです」
「皆に伝える、か。お前は一体何を伝えると言うんだ、AAイチのエリートが集まる営業一部に?」
「だから……それはまだよくわからないんです。でも、そうだな、今朝から皆がやってるテレアポですが、あれはあんまり意味がないんじゃないかとか」
「ほう、言うじゃないか。だが、今はそれくらいに切羽詰った状況だとも言える。テレアポの代わりに、お前は何をするんだ?」
鬼頭部長にそう言われたとき、当たり前のように、俺の頭の中に一つの答えが浮かんだ。
「クライアントに会いに行きます。そして、理解しようと努めます」
「ほう。これまたお前らしくない答えだな。それで売上が上がるか?」
「さあ、それはわかりません」
「……」
「ただ、売上を上げるためだけ提案なんて、もうこれからの時代、通用しない気がするんです。クライアントは僕たちに、そんな提案はもう求めていない」
俺の答えに、鬼頭部長がニヤリと笑った。
「そうか。わかった。じゃあまあ、よろしくな」
俺は一礼して、鬼頭部長の前を通り過ぎた。扉に手をかけたとき、ふと思い出して振り返った。
「部長」
「ん、なんだ」
「志望動機を聞きましたよね、この間」
「ん、ああ。そうだったな。思い出したのか?」
「いえ、それは相変わらず思い出せないんですが」
そして俺は言った。
「でも、もし就職活動をやり直せるとしても、僕はまたこの業界に入る気がします」
「そうか」
強面の鬼頭部長が嬉しそうに笑い、行け、と手で示した。
俺は頷いて扉を開け、皆が暗い顔でテレアポを続けるオフィスへと進んでいった。
(HR 終)
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児玉 達郎|Tatsuro Kodama
ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。
お仕事のご相談、小説に関するご質問、ただちょっと話してみたい、という方は著者ページのフォームよりご連絡ください。
6件のコメントがあります
ここで終わりかー
もっと・・・でもここかー
絶妙な終わり方です。
4話とも意外な視点から採用に切り込んでいて、
ぐいぐい読んじゃいました。
1週間が待ち遠しかったのは、久しぶりの感覚でした。
私も「また」来週から採用面接を控えてますが、
色々考えさせられる小説でした。
本になったら、うちの営業や社長にも読ませたいなー(笑)
ありがとうございました!!
とても嬉しいコメントありがとうございます。
採用も時代によってどんどん変わっていくんだと思います。
『HR』が何かの参考になれば幸いです。
>本になったら、うちの営業や社長にも読ませたいなー(笑)
もし本当にそうなったらよろしくお願いします!(笑)
児玉達郎
Also, it minimizes you from establishing eye-to-eye contact with the audience,
particularly with the husband and wife. Like, “I feel too exciting being here reveal with every person I are familiar with.”. http://www.inlinehokej.cz/multimedia/fotografie/29-mission-roller-brno-sk-cernosice.html?type=1&url=http://scr888.group/live-casino-games/2484-mega888
This has actually been an interesting read, thank you for the detailed exploration.
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