「ハッテンボールを、投げる。」vol.28 執筆/伊藤英紀
顧客志向というコトバは、念仏に似ている。
美徳っぽいし御利益がありそうで、
皆がとなえるが、
多くの人はその意味を
あまりつっこんで考えてはいないようだ。
わが社は顧客志向です、といっても
怒られることはまずないから
そこらじゅうで念仏のごとく
形骸化してとなえられる。
顧客志向とは、当然ながら、
顧客のことだけを考えることではない。
それは、まやかしだ。
すこやかなる“健康”のことだけを
ひたすら考えている健康志向は、
不健康である、ということと
似ているかもしれない。
不健康な苦悩や不安、
不健康な夜ふかしや酒場での不埒な会話も、
健康な精神や、健康な人間の幅を
培うためには、ときに欠かせない。
さりげない日常を大事にしたければ、
ときにはどんちゃん騒ぎの
ただれた非日常も
不可欠ではないですか。
健康健康健康ととなえつづけても、
健康な心身が手に入らないように。
「顧客の満足を第一に!」
と100年となえつづけても、
それはまさに不健康で、
永遠に実現されないのである。
顧客志向とは、
個人の自分志向というエゴと、
企業の利益志向というエゴを
内包しているからだ。
当然ながら、
顧客志向を実現するためには、
働き手たちという個人のチカラがいる。
個人の『自分が幸せになりたい』
という志向(欲望)と、
シンクロしなければならない。
顧客志向を実現するためには、
会社のつよい金儲け志向(欲望)と矛盾しては
ならない。営利集団の欲望を受け止め、
その業と両立させなければならない。
それらのエゴはときに矛盾し、衝突する。
その衝突を、よきものであると大歓迎し、
矛盾解消のためにクールに話しあい、
それらの欲望が調和をもって成立する
交差点を探さなければならない。