泉一也の『日本人の取扱説明書』第98回「母の国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第98回「母の国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

人が成長するには、母性的な愛と父性的な愛が必要である。

母性の愛とは受容の愛。相手の陰も陽も全て包み込む。おおらかであったかい。ほんわりと包み込まれる安心感とどっしりとした安定感。この安心感と安定感が命綱=「他者との絆」となる。

父性の愛とは試練の愛。人間社会という荒波で、たくましく生きられるように厳しく育てる愛。命綱が張れたとがわかったら、海に飛びこませるのだ。そこには「全ては自分が選んだこと」という自己責任の腹決めがある。

日本は母性が中心の国である。母国、母屋、母港に母校。国も家も港も学校も「ベース」が母なのである。父という漢字でこういったベースを表す言葉は見当たらない。

ガンダムの母艦ホワイトベースは、いかつい戦艦でなくあたたかい母をイメージさせた。そのホワイトベースがア・バオア・クーで沈む時、乗員も視聴者も母を失うような悲しみに暮れたのだ。

日本は母が中心の国なので、神様では天照大神が最高神であり、全てに平等に光(愛)を降り注ぐ太陽を表す。一方、キリスト教とイスラム教は父性がベースになっている。厳しい自然環境の中でたくましく生き抜く力を高める思想にあふれている。真言宗(空海が開祖)では最高仏を「大日如来」=太陽と表すように、仏教は母性が中心なので日本で広まり発展したのだろう。

母国を父国に変えようとしたのが明治である。母なる天皇を父なる天皇に塗り替えるため軍のトップとし、ナポレオンに模した肖像画を世間に広めた。そのお陰で欧米を敵として戦う「たくましい日本」が生まれたが、付け焼き刃の父性だったのだろう、短期的には成功したが時と共にボロが出て、本家の父性に敗北する。

日本人には「甘えの構造」があると論じた精神分析学者の土居健郎さんが言うように、母に甘える「依存性」が日本人の本来の強みである。自立し自力で戦えという父性は、日本人の弱みである。健全な依存ではお互い様で助け合い、お互いの母性の愛を交流するのだ。共依存が強みの日本人は、人への甘え方と甘えられ方が優れていたということである。

仏教の極意は「他力本願」であると言われたのは法然さんであるが、母なる愛の国では、他力が願いを叶えるが、父の国にした後遺症が今尚続いており、他力本願はNGと言われる。よって、爽やかな依存性は失われ、ネチネチした歪んだ依存性が随所に見られるようになった。強みを否定されると人は「歪む」のだ。

「競争が成長」というグローバルスタンダードの中で、母性中心の国に戻すには困難が伴う。「甘えてはならぬ」という厳しい父性の言葉が縛りをかけてくる。その縛りを解いて、母性中心に戻すにはどうしたらいいのだろうか。その答えを私は知らない。この続きは、他力に依存しよう。

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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