第118回 そーっと切り離したい人

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第118回「そーっと切り離したい人」


安田

教員の再雇用ルールが変わったみたいです。懲戒解雇になったら官報に載るって。

久野

はい。マニアックな話ですけど。

安田

マニアックですか?わいせつ教師が懲戒解雇になっても再雇用されるなんて。あってはならない話ですよ。

久野

そうですね。

安田

今後は「解雇理由をちゃんと記載する」ということになって。現場からは「差別につながる」という反論もあるらしいですけど。

久野

そういう声もありますけど多くの先生は賛成じゃないですか。

安田

私も親の立場からしたら「わいせつ前科がある人なんて、二度と先生やらせるなよ」って思っちゃいます。

久野

当然そうなりますよ。

安田

労働法は「社員を守る方」に偏ってますけど。学校に関しては「子どもを守る方」に寄せてほしいです。

久野

この件に関しては、もう振り切って「やる」ってことになってますから。

安田

ようやくという感じで。なぜ今までそうなってなかったのか。

久野

日本は「人は変われるんだ」という前提で法律がつくられてますから。

安田

人は変われる?そうですかね。

久野

だから前科も基本的には勝手に調べられない。

安田

たとえば私は会社をつぶしてますよね。

久野

はい。

安田

民事再生と自己破産をして。その後10年ぐらい銀行はお金を貸してくれなかったです。失敗に寛容とは思えないですけど。

久野

それは銀行の対応ですね。法律は基本的に再生を目的として作られてます。

安田

なるほど。

久野

たとえばアメリカだったら、子供犯罪の前科がある人にはGPSが付けられます。

安田

日本もそれぐらいやってほしいですけど。

久野

子どもへの性犯罪って繰り返す可能性がありますからね。

安田

そうですよ。寛大とかなんとか以前の問題です。

久野

本当は幼稚園とか学習塾にも公開したほうがいいんですけど。

安田

日本って、そういうところが甘いですよね。死刑制度がある割には、ものすごく罪が軽かったりするじゃないですか。

久野

そうですね。

安田

「こんな犯罪やった人を数年で出しちゃっていいのか?」みたいな。実際そういう人がまた再犯したりもするわけで。

久野

そこは議論が必要なところです。

安田

量刑を重くするのに反対する人がいるんですか。

久野

死刑制度はそうですね。

安田

死刑制度はちょっとまた別の問題ですけど。

久野

根っこは同じです。「右か左か」みたいな議論が一番難しくて。真ん中にいる人ってあんまり主張しないので。

安田

真ん中?

久野

「死刑は絶対にダメだ」って人と、「絶対に死刑にするべきだ」って人ばかりでしょ。

安田

確かに。

久野

白黒に分かれてるように見えるんですけど、大多数の人は真ん中なんです。だけどそれが反映されづらい。

安田

なぜ反映されないんですか。

久野

ケースバイケースという発想にならないんです。変な平等意識みたいなのが働いて。

安田

「ひどい虐待を受けて親を殺した」というケースもあれば、「猟奇的にただ殺したい」というケースもあるわけで。

久野

そうなんですけど。

安田

「1人だったから死刑にならない」とか「2人以上殺したから死刑」だとか。前例に倣ってるだけですよね。それが平等ってことですか。

久野

法律って、変えた瞬間にデメリットがたくさん出てくるんですよ。それに対して耳を傾けたら、もう変えられなくなる。解雇に関してもそう。

安田

じゃあ今回の「懲戒解雇の理由を記載する」という改訂は凄いことだと。

久野

そう思います。

安田

現場では「反対の声が大きい」って書いてましたけど。

久野

反対の声が大きいように見えるんです。でも多くの人は、どっちでもいいと思ってる。メディアが極端にフォーカスしてるだけ。

安田

ほんと日本のメディアってろくな仕事しないですね。

久野

はい。メディアが煽るからあたかも問題になってるように見える。だけど現場では問題になってない。

安田

現場の先生だって、そんな人と一緒にされたくないはず。

久野

クリーンな人は「そんなの当たり前だよね」と思ってます。

安田

絶対そうですよね。

久野

それを人権問題に置き換えてメディアが報道するのが問題。でもそれを「問題だ」って言うと叩かれちゃう。だから言えない。

安田

ちなみに解雇と懲戒解雇ってどう違うんですか?

久野

普通解雇は労働基準法に照らして、たとえば遅刻が多いとか、会社に来ないとか。あと、お金を盗んだとか。

安田

それでも懲戒解雇にならないんですか?

久野

懲戒解雇は、会社が独自に就業規則上定めたものをいいます。

安田

え!そうなんですか。

久野

だから重なってる部分はあるんです。

安田

じゃあ懲戒解雇は会社によって違う?

久野

会社によって違います。ただ労働法が「社会通念上相当で合理的な理由がないと解雇できない」となってるので。懲戒解雇もみんな似てくるんです。

安田

へぇ~。

久野

たとえば「遅刻2回したらクビ」って書いあっても、それが世間で通らないと就業規則に書いてあってもダメ。

安田

なるほど。

久野

通る内容にしていこうって話になると、みんな似た感じになる。社労士の私が言うのもなんですけど、プロがつくれば同じような就業規則になります。

安田

懲戒解雇のほうが「罪が重そう」ってイメージです。その後の人生に悪影響を与えそうな気がする。

久野

一昔前は元の会社に電話して「この人ってどういう理由で辞めましたか?」って聞いてましたよね。

安田

今は聞けないですけど。

久野

聞けないし、言えません。だから今は従業員も解雇を恐れてないです。会社としてもできるだけ解雇と言いたくない。

安田

それはなぜ?

久野

あとから「不当解雇だ」ってお金を取られるケースもあるので。

安田

なるほど。

久野

だから履歴書に「自己都合」って書いちゃったら誰もわからない。いまは社会的制裁がきわめて低い気がします。

安田

結果的に懲戒解雇に近いような人も普通に転職活動してると。

久野

本当は良くないんですけど。会社も変に揉めたくないので。そーっと切り離していきたいわけです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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