第132回 最低賃金はなぜ上がる?

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第132回「最低賃金はなぜ上がる?」


安田

最低賃金の話を聞いてもいいですか?

久野

はい、どうぞ。

安田

今コロナで経済は傷んでるんですけど、政府はなんとしてでも最低賃金1000円を達成したいみたいです。

久野

働き方改革のひとつなので。労働時間を短縮しての最低賃金3%アップ。これは必ず実現させなくてはならない。そういうメッセージだと思います。

安田

まだ東京と地方ではだいぶ差がありますよね。

久野

ありますね。

安田

東京にいると分からないんですけど。時給1000円を切る仕事って結構あるんですか?

久野

あります。

安田

今どき、そんな待遇で人が来るのかなって思うんですけど。

久野

最低賃金と連動して昇給していく人もいるんです。最低賃金が上がった分だけ毎年3%ぐらい昇給する人。

安田

だけど、これだけ採用が厳しいわけですから。とくに地方は。

久野

その通りです。

安田

なぜもっと高いところに移らないんでしょう。

久野

そこが日本の大きな課題なんですよ。本当は移らないといけないんですけど。

安田

本人は給料を増やしたくないんですか?

久野

中途市場で年収が落ちるケースもありますから。「移動したから給与が上がる」と多くの人は思ってないんです。

安田

確かに全員が上がるわけではないですからね。

久野

それと転職活動のストレスでしょうね。変化に対してものすごく後ろ向きなところがありますから。

安田

うちの近所に金曜日だけ来る焼き芋屋の屋台があるんですけど。

久野

はい。

安田

月50〜60万稼いでらっしゃるそうですよ。

久野

すごいですね。

安田

もっと稼いでいる人もいるそうです。つまり私が言いたいのは「時給1000円」はその気になれば稼げる金額だってこと。

久野

私もそう思いますよ。

安田

なぜ1000円にも満たない仕事をやり続けるのか。しかも文句を言いながら。不思議でしょうがないです。

久野

炎上しそうで「はい」とは言えないですけど (笑)

安田

ちなみに最低賃金は1000円で止まるんですか。それとも更に上がるんですか。

久野

更に上げてくと思います。

安田

いくらまで上がるんですか。

久野

10年ぐらいの間に1500円までは上げたいですよね。

安田

それぐらい上がればちょっとは景気も良くなりそう。

久野

むしろ上げなくちゃいけない。

安田

だけど払えない企業が多いでしょうね。

久野

払えないところは多いです。

安田

たくさん給料を払うってことは、そのぶん商品を高く売らなきゃいけないってことですから。

久野

その通りです。

安田

「そんなことしたら売れなくなる」ってみなさん言います。自社だけじゃなくみんな値上げするはずだから、大丈夫だと思うんですけど。

久野

そうとは限らないです。

安田

どうしてですか?

久野

一斉に最低賃金が上がっても、一斉に値上げにはならない。

安田

値上げしない会社が出てくるわけですね。

久野

そうなんです。とくに資金力のあるところは頑張っちゃう。

安田

それは資金力のない競合を潰すため?

久野

いや。そこまで考えてないと思います。

安田

だったらなぜ?

久野

基本的に経営者は「安く売ろう」とするんですよ。そこがいちばんの問題なんですけど。

安田

なぜ安く売ろうとするんですか。

久野

安くしたら売れると思ってる人が多いから。

安田

サイゼリヤみたいに。

久野

サイゼリヤは安いだけじゃなく美味しい。社員も最低賃金で働かせていないし。

安田

300円でワインを売っても儲かってますからね。

久野

社員の給料を抑えないと利益が出ない安売りは駄目。そもそも「社員の給与と商品の値段」が連動しているのがいけない。

安田

そこがポイントですか。

久野

はい。「そういう商品は買わない」っていう消費者を増やさなきゃいけない。

安田

消費者にも問題があると。

久野

そう思いますよ。とにかく「安い商品」ばかり求めるから。

安田

消費者は労働者でもあるはずなのに。給料は高くして欲しいけど、人の商品を高く買うのは嫌なんですね。

久野

その悪循環でみんな給料が上がらないんです。

安田

みんな安いものばかり欲しがるから自分の給料も上がらないと。

久野

そうですよ。お互いさまの精神でやらないと。

安田

「どうせ経営者が搾取するんだろう」って思ってるんですよ。

久野

そこまで考えてないと思います。単に安いものを買ってるだけで。

安田

ちゃんと考えて行動しないといけないですよね。給料が安いお店では買わないとか。

久野

時給1000円以下の張り紙があるコンビニには入らないとか。

安田

そういうことですよね。だけど安い店で買う裏切り者が出て来るんです。

久野

じっさい利益が出ても人件費に還元しない経営者もいますし。

安田

となるとやっぱり「最低賃金の引き上げ」がいちばん良い?

久野

いちばん手っ取り早いですよね。国が「明日から1300円ね」って決めてしまうのが。

安田

なぜこんなチマチマやってるんですか。一気に上げればいいのに。

久野

やっぱり政治ですよ。票がほしいじゃないですか。誰かが痛みを伴うことなので。

安田

痛みをできるだけ短期間で終えるには一気に上げたほうがいいです。少なくとも働いてる人は喜ぶでしょうし。投票にも行くんじゃないですか。

久野

その前に経済団体が来るわけです。

安田

「もうお前には投票しないぞ」って?

久野

「君の次の選挙が楽しみだね」みたいに言われたら、やめようかって話になる。

安田

私だったらその事実をTwitterに書きますね。「こういう団体の人がこういうこと言ってきました。皆さんこれに屈しないため私に一票入れてください」って。

久野

そういう人が出て来れば世の中は変わると思います(笑)

安田

久野さんの予想では最低賃金1000円を達成するのは何年後ですか。

久野

このペースでいくと10年ぐらいかかっちゃうでしょう。「日本の高級なカニを日本人が食べられなくなる」って、日経に書いてありましたね。

安田

もうカニカマでいいじゃないですか。

久野

そういう考えが物価を下げてるんです(笑)

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから