このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『ギター弾きの恋』で知る2番手という逃げ口上
実在の天才ジャズギタリスト、エメット・レイを主人公にした映画だと思わせつつ展開する『ギター弾きの恋』。しかし、実際はウディ・アレンの完全な創作である。彼は時々こういうことをするのだが、その事実と創作の曖昧な境界線上にこそ、映画というメディアの本質的な面白味が潜んでいるのかもしれない。
1930年代のアメリカ。ジャズが全盛のシカゴで、天才ギタリストであるエメット・レイ(ショーン・ペン)は思うままに生きている。音楽を楽しみ、女遊びをし、時には娼婦の元締めをやりながら裏社会にも通じている。そして、「おれは世界で2番目の天才ギタリストだ」と公言する。世界一のギタリストはジャンゴ・ラインハルトで、自分に勝るのはジャンゴだけだというのだ。
そんなある日、エメットは小柄で大人しいハッティ(サマンサ・モートン)をナンパする。口のきけないハッティだが、エメットは純朴なハッティに惹かれ、ハッティもまたエメットの弾くギターに心を揺さぶられエメット自身をも愛するようになる。
ここからは、出会ったり別れたり、浮気したりされたり、といったウディ・アレンの映画ではお決まりの世界が展開されていく。そして、エメットのプライドの高さがエメット自身の首を絞め、話しがこじれていく。こういう人物はビジネスの世界にもたくさんいそうだ。エメットの「ジャンゴが1番の天才で、自分は2番だ」という言葉は、ジャンゴへの尊敬の念を表していると同時に、自分は2番手だからという言い訳でもある。逃げ道を用意しておきたいという本能がそんな言葉をエメットに吐かせているのだ。
ある日、いつも演奏しているクラブにジャンゴが来ている。映画ではジャンゴの姿は映らないが、エメットの動揺ぶりでそれが本当だとわかる。尊敬するジャンゴを前で演奏すれば、エメットはこれから先、ジャズギタリストとして本当の名声を手に入られるかもしれない。しかし、エメットは逃げ出してしまうのだ。
この出来事からあと、エメットはなにをやってもうまくいかなくなる。小さな成功と大きな挫折を繰り返し、ゆっくりと堕落していく。そんな奴だから2番手なのか、2番手を強く意識しすぎたからそんな奴になってしまったのか。
しかし、ショーン・ペン演じるエメットの救いは、最後の最後に自分が邪見に扱ってしまったハッティを思い出したことだ。自分が本当に愛していたのはハッティだった。自分もギターを涙しながら聞いてくれたハッティだった。でも、もう遅い。すべてが遅すぎた。けれど、それに気付けたことで、エメットは2番手ではなく唯一無二のエメット・レイとして涙を流すことが出来たのである。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。