大人になるまで続けている方は少ないと思いますが、子供のころに習い事として「武道」に触れた経験がある人は多いと思います。
わたくしも何年か空手に通っていました。
そのときの道場や先生はいま、どうなっているんでしょうね、と思って調べたところ、跡形もなくなっておりました。あたりまえというべきか、少子化の影響が出る分野ですので、全国的にも道場の存在自体がこの数十年の間に半分や1/3になっているようです。
変化は少子化だけでなく、文化的な変化もあります。子供が選べる運動の種類も増えましたし、習い事に礼節や規律の習得を期待されるということも少なくなったでしょう。
ただ、もともと武道はほかのスポーツと比較すると「なんかよくわからん神秘性」を看板にしている側面があります。通っている子供は(とくに当時の男の子は)ケンカが強くなることを目的にしていたりする一方で、教える側はそれを完全に肯定することは避けつつ、「強さ」をチラ見せするのが暗黙の了解であった気がします。
しかし、それも時代が流れるとそのままではいられなくなります。
あらゆる行為がスマホで撮られ、知名度は数値化され、知性とは知的な属性ではなくプレゼンテーション能力を指すようになりました。以前ならば「達人」ポジションでいられた武道家は、ネットで見知らぬ人から「格闘技の試合に出ろ、勝てなければインチキ」と日常的に煽られるありさまです。
若いときはプレイヤーとして、引退後は指導者としてやっていける競技系でなければ、武道家も伝統技能者のように文化を引き継ぐことを目的とした絶滅危惧種になっているのかな……と思っていました。
ですが、最近ぽろぽろと自分のタイムラインに競技者でも文化継承者でもない武道家が流れてくるようになりました。
わたくしが子供のころに習っていた先生そっくりの「堅太り」体型をした空手家が、当時秘伝とされていた技の数々をエンタメまじりに実演する動画がふつうに流れてくるのです。
聞くところによると、近世以前の武道、武芸というのは一期一会の敵と戦うためのものだったといいます。負けた方は死ぬかもしれず、したがっていちばん大事なことは「自分の技能を相手に知られないことだった」そうです。「なんかよくわからん神秘性」という価値観もおそらく一部はそこからきています。
そんな技術を、現代の堅太りの武道家は口で明瞭に説明しながら再現して見せるのです。
武道家も社会的には道場経営を中心とした自営業者であり、ビジネスの一環なのですが、SNSで技を見せて、説明することが、彼からなにかを奪うということはありません。
秘伝の技は実際できる、やり方も言ってしまう、しかし見るだけでは会得できません。そうして興味を持つことは、徐々に彼の顧客へと引き寄せられることを意味します。
……もしかしてこれは、武道家が現代社会に繰り出した逆襲の一撃なのではないのか、と、ひそかに感服する次第でございます。

















