泉一也の『日本人の取扱説明書』第42回「最大公約数の国」
著者:泉一也
日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。
中学の数学で学んだ最大公約数。2つ以上の正の整数に共通する約数(=公約数)の中で一番大きい数のこと。当時思わなかっただろうか。「なんでそんな数が必要やねん」。最大公約数って習った後どこかで使ったことがあるだろうか。理数系の人でもほぼ使わない。数学は使わなくとも、数字の面白さや神秘さを知る教養のはずなのに、「疑問は持たずに学べ。それが義務教育だ」と強要される。教養の強要。言われたことに疑問をはさまず“素直に”そして“正確に早く”の処理能力を磨く教育としてはお見事なり。
教育の問題になると熱くなりすぎるので別の機会にするとして、最大公約数的な日本人の合意形成を取り上げたい。何のことかというと、価値観や信念、利害が異なる人や組織同士で合意を生み出すとき、最大公約数的な解決をするのが日本人であるということ。つまりはお互いが共有し共感できる心の着地点を探し出すのだ。対立していても「まーまーここは良しなに」と互いの立場を理解しあいながら、相互に納得いく領域を探し、そこで手打ちする。
とことん闘って勝ち敗けを決め、白黒ハッキリさせる文化圏の人からすると、日本は「グレー」「曖昧」「妥協」に見えるだろう。曖昧さを許し合うことの中に「和」が隠れている。もしとことん闘ってしまうと、敗けた者に禍根が残ってしまう。禍根の残った存在は、後々リスクとなるので、全滅させないといけない。日本は戦国時代であっても、戦に勝った後、一族郎党を全員殺す武将はほぼいなかった。例外は織田信長であるが、彼は最も日本人らしくない武将といえるだろう。天下統一に至らなかった理由がここにありそうだ。