第20回 過去の契約に囚われる
中古車輸出の仕事に関わっていました。
日本の中古車は道路事情や新車販売の促進政策で、安く良いものが買えると、海外でとても高い評価を得ています。
状態の良い中古車が、安く手に入るのが日本の中古車市場です。
日本で買い付けて海外の中古車ディーラーに販売するという輸出の事業は、(中古車業界においては)パキスタン・アフガニスタン系の外国人が取り扱うことが多いです。
彼らは全世界にネットワークを持っていて、情報共有しながら中古車という商材を世界中に持っていき、販売します。
語学力というよりも、商才に長けた民族と行ったほうが正しい表現かもしれません。
【商売上手なパキスタン人】
一緒に働いていたパキスタン人は私に言いました。
「今、松尾さんが乗っている車は、半年以内に売ったほうが良いよ。高く売れるから。今なら180万円で買うよ。新車買っちゃいなよ。相場は動くからなんとも言えないけど、これからどんどん値が下がるよ。」
「いや、まだローンが残っているし。」といって断りました。
そもそも、私が車を買ったのは特別な感情があるわけでもなく、子供と移動するために必要だという理由でした。
選ぶ車種は、再販価格の高いものを優先的に選んだので、大きなお世話だと思っていました。
それから2年、その間に支払ったローンは約60万円、現在の私の車の再販価格は100万円前後。言われたとおりに新車に乗り換えていたら、2年前に20万円得した計算になります。それに加えて、2年間新しい車で違った時間を過ごせていたでしょう。
彼らの強いところは、中古車の先の再販価値を知っているところです。
そして、更にその先の消費者の価格を知っていることが強みです。世界中のネットワークを駆使しながらビジネスをしている人の言うことは聞いとくもんだなあと、感心しました。
【敵は自分の心】
そしてもうひとつ感じたことがあります。
どうして私がその時にその話に乗らなかったか。
輸出価格は値下がりしていくと知っているにもかかわらず、魅力的な提案に乗れなかったのはどうしてなのでしょうか。
それは、ローンが残っていたから。
ローンの残債や、損をするのではないかという恐れが、私に現状維持の判断をさせたのではないか、そう感じるのです。一旦ローン契約をしてしまうと、自分のものになるまでの期間をローンの期間に錯覚してしまいます。それを変えるということは心理的に大きな負担となり、ローンを組んだ自分自身を否定するような気持ちになってしまいます。買い替えをせずに現状維持であれば、当初の想定のとおりになり、損をした気分になりません。
もし、ローン残債がなければ、私の判断も変わっていたでしょう。
結局、私は車の再販価値を見ていたのではなく、自分のローンの出口を見ていたということになります。
【ローン契約が判断を誤らせる】
個人でいうと、車であれ家であれ、長期のローンは返済し終わるまで人の心を縛ります。
契約した当時の自分を正当化するために、大した興味のない車に乗り続けたり、不便な家に住み続けたりしてしまうということです。
企業においてもそう。借入れ契約の期間が、損切や売却のタイミングを遅らせることになるのではないでしょうか。
中小企業経営者でも上手に経営していらっしゃる方は、借入れの契約や手にしていない利益に惑わされません。また、商品の現在の価値や将来の価値などを考慮しながら、うまく変化に対応していってらっしゃいます。
上手な商売の秘訣は、商品の寿命や現在・将来価値を適切に判断できるということですし、本当にそのようになりたいものです。
私は自分の判断が間違ったのを認めたくないので、もう少し今の車に乗りますが。