#003 経営に、ネーミングする。
商品やサービス、社名やプロジェクト。これまでさまざまなモノやコトに対してネーミングをしてきましたが、最近、これまでなかったものにネーミングする機会が2件続けてありました。
対象となったのは、「経営」です。
ひとつは、『手放す経営』というもの。
依頼先は、人と組織のコンサルティングを主に行っている会社さん。
「手放す」とは、文字通り「経営者のみなさん、そのぎゅっと握っている手綱の何本かを手放してみませんか」というメッセージを込めたネームですが、最近少しずつ知られるようになってきたホロクラシー経営の日本語訳という感じもあります。
少し長くなりますが、ホロクラシー経営とは何かという紹介を含めて、プレゼン時に書いたコンセプトを紹介したいと思います。
(以下、依頼先の会社さんの立場で書いています)
不連続性・予測不可能性が
ますます高まる社会において、
変化に対応できず苦しんでいる経営者が
増えていることを実感しています。
さまざまな解決策をともに
考えていくなかで思うのは、
従来型の対処療法では、
もはやこの大きな流れの変化には
立ち向かえないということです。
企業経営を車に例えるなら、
ガソリン車をいくら改造改良しても
限界であり、
電気自動車に乗り換えるような
大きな変化が
求められているのではないでしょうか。
私たちは、その鍵のひとつが
「手放す」ことにあると考えます。
なぜなら変化の足かせとなっているのが、
「経営とは、経営者とは、
こうであらねばならない」
という自身のエゴ、
成長期の檻に囚われた結果だからです。
社員は管理しなければならない。
社員の面倒は全部みなけばならない。
企業とは成長し続けなければならない。
経営とは苦行でなければならない。
ひとり思いを抱え、
心身を病んでいく経営者の
なんと多いことか。
しかし、経営者のなかには、
こうした経営のあり方に疑問と限界を感じ、
これらを思い切って手放すことで、
まったく新しい企業の形を手に入れて、
成果を上げている人たちがいます。
手放すことで、手に入るもの。それは、
これからの経営に必要な、自由と創造の時間。
経営者が思い願っている、社員の自主と自立。
雇う、雇われる、の関係を超えた信頼関係。
なによりも、日常のストレスが減り、
心身ともに軽やかになり、
本来の生き生きした自分を
取り戻せたことに喜びを
感じられることです。
そして、経営者がポジティブな会社は、
雰囲気も明るく、
快活な空気を発しているので、
働く人もお客様も自然と集まってくるものなのです。(おわり)
依頼主の会社さんは、今後、「手放す経営」を自ら実践していくと同時に、ラボラトリーとメディアを設け、このプロセスと結果を、失敗を含めて発信するとともに、他社の取り組みや関連情報なども積極的に紹介していかれるそうです。
もうひとつの方は、『ミンワ経営』とネーミングさせていただきました。依頼主は、とある社労士法人さんです。
『手放す経営』が、従来の日本企業の管理型経営に対するカウンターだとすると、『ミンワ経営』は、いわゆる理念経営に対するカウンターと言ってもよいかもしれません。こちらは、理念経営に対するカウンターのような意味合いがあります。
経営の神様といわれた松下幸之助さんは、生前、会社経営にいちばん必要なのは「理念」であると答えていましたが、経営を行っていくうえで、たしかに理念は大切。でも、それだけでは社員もお客様も動かせない時代です。
私も大手からベンチャーまで、これまでたくさんの会社さんの理念整理・策定のお手伝いをしてきましたが、このプロセスは、ある意味、企業の枝葉をそぎ落としていく作業。しかし、それによって零れ落ちてしまう大切なものがあり、むしろその内にこそ従業員や顧客を惹きつけるものがあるのではないか。
従業員や顧客が求めているのは、研ぎ澄まされた、かっこいいミッションではなく、泥や失敗やこっぱずかしさ、そんなカサブタやひだひだの一杯ついた、温もりと手触りをもった物語やエピソード。
そんなふうに思い始めていたところだったので、じつにタイムリーな依頼でした。
ミンワというのは、いわゆる物語(story)と同義語ですが、いろんなところで使われて過ぎている感があるので、企業という土地に根ざした民話(Folkloreフォークロア)のようなものと考え、ミンワとしました。
創業時のミンワ、危機的状況を乗り越えた逆境時のミンワ、商品やサービスが誕生したときのはじまりのミンワ、大切な社員たちとの出会いのミンワ・・・。
ミンワとは、みんなが自然に集まり、会社が大切にしているものを共有でき、共感できる焚火のようなもの。ミンワをまんなかに人の輪と和が自然にできあがっていく
そんなシーンを想像しながら、ネームを考えていきました。
社労士法人さんでは、今後、ミンワを経営のまんなかにおき、人材採用や育成、組織づくり、さらには顧客との関係づくりのお手伝いをしていかれるそうです。
2つに共通しているのは、経営におけるこれまでの常識が揺らいでいること。そして、その混沌から新しい胎動が始まっているということです。私にとっても、とても新鮮な経験でした。ただ、先ほども書きましたが、『手放す経営』『ミンワ経営』とも、従来の日本型経営に対するカウンターのような意味合いがあるため、受け入れられ、浸透していくにはかなり時間がかかると思います。ひょっとすると受け入れを拒否されるかもしれない。依頼主である両会社さんのこれからを、注目していきたいと思っています。
いまは、流し読みの時代なのだと思います。スマートフォンの画面に絶え間なくあふれゆく情報を、ふふんと横目で眺めながら、中指でびゅんびゅんスライドさせていく。このような時代において、自社の社名や商品やサービスに、ユーザーの目を止めさせ、あわよくば記憶に留まらせるフックとして、ネーミングの役割がますます重要になっていると感じます。とはいえ、名前は誰でもつくれるっちゃつくれるわけで、ネーミングを生業としている者にとっては、専門家としての視点や考え方が問われている時代でもあります。そんなわけでありまして、ネーミングにまつわることをいろんな場所から、掘ってみようと思っています。