これからの採用が学べる小説『HR』:連載第19回(SCENE: 029)【第3話】

HR  第3話『息子にラブレターを』執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

 


 SCENE:029


 

 

工場を出て事務所の扉を開けた時、どこからかチャイムの音が聞こえてきた。腕時計を見ると、昼の12時だ。

「さあ、もう帰れ。俺たちも昼休憩だ」

ふと見れば、事務所には事務員1人だけしかいなかった。中澤婦人の姿がない。

物音がしたので目を遣ると、勝手口の脇にある部屋から婦人がひょいと顔を出して、嬉しそうに微笑みながら、こっちこっち、と手招きする。

高本には帰れと言われたが……と迷っていると、室長が迷いのない足取りでその部屋へと近づいていく。

……ああもう、この人は。

「おや、こりゃすごい」

突き当りの部屋を覗き込んだ室長が言った。俺も慌てて後を追い、室長の丸い肩越しに中を覗く。

「あっ」

思わず声が出た。そこは食堂だった。20畳ほどの空間に、いくつかのテーブルセットが置いてある。今更ながら、あたりにうまそうなにおいが漂っていることに気付く。

「さあ、あなたたちも食べていって」

声がした方を見ると、壁庭に作られたキッチン設備のところに、割烹着を着た婦人の姿が見えた。コンロを前に、小さな体を前後に揺らしながら重そうな中華鍋を振っている。

食べていって、というのは、俺と室長に投げられた言葉なのだろうか。だとしたら面倒なことになった。高本がいい反応をするとは思えない。

「いいんですか、いや、嬉しいなあ」

室長はそう言って迷いなく部屋の中に入っていく。

背後に嫌な視線を感じて振り返れば、やはりだ、高本が恐ろしい形相で迫ってきていた。……ああ、ほら、帰れって言うのに室長が従わねえから……

だが、高本は俺や室長を押しのけるようにして食堂内に入ると、「こら、ダメじゃねえか」と婦人に向かって声を荒げたのだった。

高本はそのままコンロの前まで行くと、婦人の手から中華鍋を奪い取った。

「これは使うなって言っただろ。また腰いわすぞ」

言われた婦人はちょっと不満げに口をとがらせる。

「だって、こっちの方が美味しくできるんだもの」

高本はチッと舌打ちし、「ああもう、わかったよ。じゃあこれは俺がやるから」とそのまま鍋を振り始める。覚えがあるのか、その巨体がそう見せるのか、なかなか様になっている。それを見た婦人は嬉しそうに微笑むと、「ありがと。じゃあ私はごはんやるわね」と高本の背中をポンと叩き、炊飯器の方に移動する。古びた旅館にありそうな、大きな炊飯器だ。婦人が「よいしょっ」と勢いをつけて蓋をあけると、中からうまそうな湯気が立ち上る。

その時、後ろがにわかに騒がしくなった。振り返って見れば、工場にいたベトナム人たちだ。俺たちの前をペコペコ頭を下げながら通っていった彼らは、そのまま椅子につくのではなくなぜか中澤婦人の周りを取り囲んだ。

「オッカサン、すわってて」

「ボクタチ、やるから」

拙い日本語で口々に言うと、一人が中澤婦人の手からしゃもじをそっと取り、別の一人が小さな婦人を肩を優しく押すようにして近くの椅子に座らせる。

「ああ、もう、いいのよ。私がやるわよ」

婦人はまた不満げに言うが、ベトナム人たちは「ダメ、ダメ」と笑って取り合わない。

「オッカサン、休んで」

その様子を見ていた俺たちと目が合うと、婦人は照れたように笑った。

「もう、優しい子ばかりで」

室長が頷き「違いないですな」と同意する。

「さ、お座りください。皆で食べましょ」

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