【連載第32回】これからの採用が学べる小説『HR』:第4話(SCENE: 048〜049)

HR  第4話『正しいこと、の連鎖執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

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 SCENE:048


 

 

遠ざかっていく正木の背中を、俺はよくわからない気分で眺めていた。

店に居たのは30分ほどだろう。最初に頼んだつまみが、思い出したようにドカドカと運ばれてくる頃には、俺と正木にはもう、話すべきことは残っていなかった。俺たちはほとんど無言でそれらを口に運び、そして、どちらともなく席を立った。

渋谷や新宿のような活気はない、静かなビジネス街の夜。

正木の姿が見えなくなっても、俺は何となく動けないままだった。敗北感? 確かに、そういう感覚はある。俺は正木の、いや、正木のあの不自然な笑顔の前に、あっけなく敗北したのだ。

だが、それなら「勝ち」とはなんなのか。俺はいったい、正木をどうしたかったのだろうか。正木をどうすることが、俺の“仕事”だと考えたのだろうか。

わからない。

わかるわけがない。

また、ふっと自嘲の感覚がわいた。HR特別室のメンバーに妙な劣等感を抱いた。それは事実だ。保科や室長のメチャクチャなやり方に、自分の中の何かが動かされたことも認める。だが、あくまであれは、保科や室長といった「もともとおかしな人間」だからできることなのだ。

「メインストリームであろう」と努力してきた自分に合うはずがないのだ。

……何をやってんだか。

再びの自嘲を勢いにして、振り返った。それで全部忘れて、家に戻るつもりだった。さあ、と足を踏み出した時だ。

すぐそばのガードレールに、女が一人腰かけていた。

細い体をガードレールに預け、タバコを吸っている。その細い首がくいと伸び、青白い夜空に水蒸気のような煙が吐き出されたとき、思い出したように俺は気づいた。

「高橋さん……」

呟いた俺を横目で見た高橋は、冗談めかして言った。

「夜遊びなんて、ダメじゃない」

ガードレールから立ち上がると、尻に敷いていたのだろう、レース付きの高そうなハンカチがあった。高橋はそれを慣れた手付きで畳み、カバンに入れる。

「どうして……どうしてここにいるんですか」

当然の疑問を口にした。高橋は肩をすくめ、言う。

「偶然なんじゃない? あんたが彼に会ったのと同じく」

「……」

そうか、と思う。俺は高橋につけられていたのだ。正木をつけていた俺をつける高橋。……だが、何のために?

「まあそんなことはいいわ。夜遊びついでに、ちょっと付き合いなさいよ」

そう言って高橋は、ちょうど通ったタクシーに向かって細い手を上げた。

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