このコンテンツについて
なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。
全集中する方法とは?
カフェかなんかで仕事をすると、普段より捗ることってありますよね?
僕もそうなんですが・・・
隣の会話が耳に入って、その会話の断片がパズルのように組み合わさって、ついに会話の全体像が把握できるまでになると、気になって仕事どころじゃなくなります(苦笑)
<今、僕の隣の方は輸入関係の話をしています…>
フィリピンに住んでいた頃、夜間、スタバで仕事することが多かったのですが、かなり集中できたんですよね。
だって、英語とかタガログ語、中国語が飛び交ってて、何話してるかわかりませんからね(ドヤァ)。
ところで、「集中」ってなんなんでしょうかね?
仕事を例にあげれば・・・
ある作業に取り組んでて、想定以上の進捗で進められたら?
そういうとき、人は「集中できた」と言うんですね。
つまり、集中を実感するためには、進捗が測れる目安が必要だってことですよね。
黙々と作業していたとしても、進捗状況が芳しくなかったら、それを「集中できた」って胸張って言いづらいですよね。
逆に、注意力散漫な状態でも、進捗が捗ると、「あれ!?案外集中できたのかも」って感じることありませんか?
一方、「集中できなかった」というケースは、実は別のことに「集中できた」からじゃないかなって思うんですよね。
<今、これを書きながら、隣の方の輸入関係の話が気になってしょうがないんです…>
<何だったら、隣の方の話に集中しかかっている危ない状況です…>
ということは・・・
他に集中するモノ・コトが無い環境だとしたら、仕事に集中できるんでしょうか?
例えば、各社でリモート勤務が始まった頃、「自宅の方が集中できる」って声もありましたよね。
それは、自宅・自室という、日頃から見慣れ過ぎた環境だから、集中を奪われなかったのかもしれません。
ところが、リモート勤務が日常になると、そうした環境下でも、何か集中を奪うモノ・コトを見つけちゃうんですよね。
「あれ、あそこにホコリ溜まってるな…」とか。
なら、どうやったら集中できるんでしょうか?
(それともこんなに注意力散漫なのは僕だけなのでしょうか…涙)
例えば、「集中せざるを得ない状況」はどうでしょう?
もっと言えば、集中できる/できないを考える余裕もなく、やらなければならない、切羽詰まった状況です。
納期が差し迫り、間に合わなければ多くの方に迷惑をかけてしまう!(汗)
信用を失って今後の仕事や生活にも悪影響が出てしまう!(汗)
まぁ、この原稿を書いてる状況がまさにそれなんですよね・・・
僕は、20年以上広告やデザインの業界にいますが、一度も期日に遅れたことはありません。
ドヤることじゃないんですが、社内校正も含めてなので、ピンク髪にしてはなかなかやりますよね!?(ドヤァ)
つまり、僕の場合、プレッシャーがあるレベルを超えた状況で、全集中のスイッチが入るタイプなのかもしれません。
こんな感じですから、進捗が芳しくなくても、「どっかでスイッチ入るだろう」と思ってる自分がいるんですよね。
でも、チキンレースみたいなもんで、もしスイッチ入らなかったら、入るのが遅かったら、間に合わずに谷底に転落しちゃうわけですが・・・(汗)
ところで、隣の方の輸入関係の話を一旦止めてもらいたいです。
気になってしょうがない・・・
<彼らの決算が9月ってこともわかったし、仮想通貨やYOUTUBERの話まで始めたよ…>
<あぁ、気になる…>
著者/市川 厚(いちかわ あつし)
株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/
LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/
<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。