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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。
「折れない心!?を持つ狂気の人たち」
世の中、折り合いがつかないことってたくさんありますよね。
例えば・・・
買い手:欲しいけど、ちょっと高い
売り手:売りたいけど、これより安くはできない
・・・こんなことってありますよね。
買い手がどうしても欲しかったら、折れてそのままの価格で買うでしょう。
売り手がどうしても売りたかったら、折れて価格を下げてでも売ることになるでしょう。
こうして折り合いをつけていくわけです。
折り合いがつかないってことは、買い手はそこまでして欲しくはないし、売り手もそこまでして売りたくないということ。
じゃあ、こんなケースはどうでしょうか?
求職者:週5で働きたい
会社:週3しか要らない
求職者がどうしてもその会社で働きたいのなら、折れて週3勤務という条件を飲むことになります。
会社が求職者を高く評価しているのなら、想定外の人件費になるけど、週5勤務で迎え入れることを検討するかもしれません。
折り合いがつかないということは、双方ともに対して求め合っていない状態と言えますよね?
折れてまでその会社で働きたくない、折れてまでその人を採用したくない・・・ってことですから。
求職者:週5で働きたいんです!(キリッ)
会社:いや、うちは週3の募集だから。
求職者:何かいい方法ありませんかね?
会社:いやぁ・・・(何なのこの人(汗))
お互い大して求め合っていないわけだから、そんなに執着しなくてもいいと思うんですよね。
求職者側も自分が折れてまで働きたい企業じゃないわけで。
ごく稀に、自分の世界に自分しか居ないようなタイプの人も居て、そういう人って全く折れないんですよね。
「私はこれが良いんです」としか言わない。
さらに、「(私の条件を満たす)何かいい方法ありませんかね」と(苦笑)
いやいや、無いって言ってますよね・・・
“私”にしかピントを合わせない人。
こういう人、無自覚なので、何の悪気もありませんから、あんなに自分都合で物申していたのに、翌日普通に接してきます。(つ、強い・・・(汗))
新車のフェラーリを300万円で買おうと、ディーラーでごねる人はいません。(多分)
それって、顧客を選別できているからですよね。
「新車のフェラーリは300万円では買えない」という認知がある。ブランドということですね。
会社のケースに戻ると、「え、この人マジで言ってるの!?」という常識が通用しない求職者や従業員と出会うこともあるでしょう。
前述の例えで言えば、新車のフェラーリを300万円で買おうとするような人たちですね。
「それじゃ買えませんよ」って言っても、「でも、欲しいんです。何かいい方法はありませんかね?ローンは嫌です」・・・みたいなね(汗)
いやぁ、選別必須ですね。
フト、先輩経営者が言ってた言葉を思い出します。
「ハエがたかるってことは、自分がウンコだからだよ」
なるほどね・・・
著者/市川 厚(いちかわ あつし)
株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/
LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/
<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。