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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。
「国語のテスト偏差値30台だった僕が、今更気づいた国語の影響力」
誰かを訪ねるときや、誰かにお世話になる可能性があるとき。
手土産って持っていきません?
複数人で訪ねる場合、「誰かが用意するだろう」という思考になる方もいらっしゃるとは思いますが。
そんな理由で持っていかなかった方でも、「必要かな!?と一回は考えた」というのがあるみたいですね。
まぁ、でも、結果が全てですからね。用意していない、何も渡していないという事実しかありませんけども。
相手のことはさておいて、自分の立場だけで考えれば、そういう理屈の組み立てになるのかもしれませんが。
さて、手土産と言えば・・・
「つまらないものですが」と手土産を渡す日本人について、海外の人はそのまま翻訳したときに、奇妙に感じるそうですね。
実際、僕も子どもの頃はそんな風に感じました。
自分でそんな風に言ってしまう程度のものを贈る必要はあるのか?って。
これは相手を立てて自分をへりくだる謙遜の意味を込めた敬語ですね。
日本の複雑怪奇な!?敬語表現です。
また、手土産については、受け取った相手を恐縮させてしまったり、相手が気を使ったりしないように、高価なモノはあえて避けることがあります。
そのプロセスがあるから、「つまらないものですが」という表現になっていると聞いたことがあり、感心しました。
すごいな、日本人・・・と。
ところが、最近ではこの「つまらないものですが」という表現がNGだ、という考えもあるようですね。
「つまらないもの」と文字通りに受け取ってしまう人もいるのでは!?、と・・・
いやいや、子どもの頃の僕じゃないんだからさ(汗)
相手を思う素晴らしいメンタリティの中で生まれてきた表現というのは、各国の国語にもあると思います。
ところが、その成り立ちを理解していない人が増え、正しく理解することができないということですよね。
そう考えると、国語の衰退というのは、その国の文化にも大きな影響がでそうですね。
数百年という単位で考えたとき、「つまらないものですが」を理解できない日本人が暮らすこの日本という国は一体どんな状態になっていくのでしょうか?
今とはかなり違うものになっていると思います。
ここばかりは期待の二文字ではなく、不安しか浮かんできません。
著者/市川 厚(いちかわ あつし)
株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/
LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/
<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。