経営者のための映画講座 第74作『ショーシャンクの空に』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『ショーシャンクの空に』の冒頭に出てくる太った男の名前。

映画『ショーシャンクの空に』は日本では1995年に公開された。原作はスティーヴン・キングの短編『塀の中のリタ・ヘイワース』。アメリカでは公開当時、それほどヒットしなかったらしいが、その年のアカデミー賞の数多くの部門にノミネートされたことで再び注目され、再公開時に大ヒットした。日本では公開前から名作の誉れ高く、そのためへそ曲がりの私はこの映画を長らく見なかった。

最初に見たのは公開から10年以上が経った頃。ビデオで見た『ショーシャンクの空に』はよく出来た作品だった。無実の罪で刑務所に入れられた一流銀行の副頭取が、経理能力を活かして刑務所の所長たちの信頼を得て、彼らの仕事を手伝うようになる。仕事とは裏金作りの経理であり、つまりは彼らの首根っこを押さえる証拠を主人公は握ることになる。さらに、コツコツと日々脱獄用の穴を掘り、ある日、彼は見事な脱出劇を演じるのである。

判官贔屓ともいえる物語の限界は緻密で面白い。ただ、私自身はあまりにも物語が緻密だったせいか、今回、見直すまで物語の展開をすべて忘れていた。もしかしたら、この作品をきちんと見ていないのではないかと思い込んでいたほどだった。しかし、見ていた。改めて見たところ、すべての場面を覚えていたのだが、改めて見る前に覚えていた場面はたったひとつだった。

それは、映画の冒頭。主人公たちが刑務所に運ばれてくる。その時、新人を迎える先輩囚人たちが賭けをするのである。「誰が今晩、泣き出すのか」をみんなが予想するのだ。その時に1番人気だったのは太った新人だった。彼は案の定、夜中に泣き出す。そして、それをとがめた看守たちによって暴行を受け死んでしまう。

翌日、一緒に刑務所にやってきたデブの新人の死を知った主人公が言う。「彼の名前は?」と。「なぜ」と問いかける先輩囚人に彼は答える「いや、なんて名前だったんだろうと思って」。私はたった一日一緒に移送され、人となりも知らなかった仲間の死を知った主人公が、その名前はなんだったんだろうと想いを馳せる場面に小さな感動を覚えた。太っているとか、すぐに泣くという特徴ではなく、人は人を名前で想うのだ。

昨今、仕事はその時々のプロジェクトごとに人員が集められることが多い。気心のしれた仲間ではなく、そのプロジェクトに最適な人たちが集められる。それに慣れたプロジェクトリーダーは、初回ミーティングの途中で当たり前のような顔をして着席し、最後まで自己紹介もないままということも実際にある。プロジェクトはちゃんと終わるのだろう。いつもそうしているのだから。でも、それで面白いのだろうか。

仲間と一緒に仕事がしたい。この映画の主人公が先輩囚人の運び屋を何年もシャバで待っていたように。そう願うのはいまの世の中では、最高の贅沢なのかもしれない。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

感想・著者への質問はこちらから