このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『ミツバチのささやき』の弱さを強さに変える術。
すこし前にご紹介した『エル・スール』を監督したビクトル・エリセ作品をもう一本ご紹介したい。と言ってもビクトル・エリセの長編映画は三本しかなく、しかもその内の一本はドキュメンタリーだ。いわゆる劇映画は前にご紹介した『エル・スール』と『ミツバチのささやき』だけということになる。『ミツバチのささやき』は1973年、『エル・スール』が1982年。その後、長編の劇映画は一作も制作されていない。実に寡作な作家である。
さて、『ミツバチのささやき』という作品だが、この作品が好きだという人は本当に多い。主人公を演じたアナ・トレントの向くな表情が見るものの心を揺さぶるということが大きな理由だろう。映画は1931年に作られた『フランケンシュタイン』を下書きにして進んでいく。
スペインの小さな村でアメリカの恐怖映画『フランケンシュタイン』が上映される。幼いアナと姉のイサベルもそこにいる。『フランケンシュタイン』が人に作り出された化け物が村に現れ、幼い少女と仲良くなるのだが、やがて少女を殺し、化け物自身も殺されてしまうという物語だ。
そんな時に、村に脱走兵が現れ、アナはまるで『フランケンシュタイン』のようにその男をかくまうことになる。しかし、映画と同じように間もなく男は射殺されてしまう。事件を知ったアナは男がいた小屋へ向かい血痕を見つけるのだが、その様子を父親に見られ森へと逃げ込むのだった。
その森の池の畔でアナは『フランケンシュタイン』に登場した化け物に出会う。化け物がアナにふれようとしたとき、彼女は気を失ってしまう。次の朝はアナは家族に発見され、家に帰るのだが、口もきけず眠ることも出来ず、食事も取れなくなってしまう。あきらかにショック症状だと医師は告げる。
しかし、この時、アナの心の中では『フランケンシュタイン』の化け物が精霊であり、アナが呼べばいつでも現れるのだという姉の話を思い出し、心を躍らせているのだった。
『ミツバチのささやき』は一見、幼い女の子の小さな体験と大きな心の動きを捉えたある意味寓話的な可愛らしい物語である。しかし、公開された1973年当時、まだスペインが独裁政権下であったことを考えると、純真無垢では生きられない時代をアナという少女の無垢さを通じて捉えた作品ということができる。また、この作品が持つ骨太な強さも、政治的な批判をそこかしこに巧みに忍ばせるという強靱な精神力が作り上げたものなのかもしれない。政治的なものから目を背けがちな現代の日本にあって、主義主張を持つことの強みを改めて問われているような気持ちにさせられる。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。