経営者のための映画講座 第34作『ウエスト・サイド物語』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『ウエスト・サイド物語』が人の心を惹きつけるのはなぜか。

スピルバーグ監督がリメイクしたことで再び脚光を浴びている『ウエスト・サイド物語』だが、もともとはブロードウェイミュージカルである。原案がシェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』であることは明白だが、そこに1950年代半ばのアメリカの社会背景を織り込んだことが成功の要因だろう。貴族社会の悲恋物語をポーランド系とプエルトリコ系という二つの非行グループの対立を軸に描き直している。

私自身はミュージカルは苦手なのだが、学生時代のリバイバルでこの作品を見て、当時の映画学校の先生に「ミュージカル映画って、どんなふうに見ればいいんですか?」と無粋な質問をしたことを思い出す。その時、担当の先生は「あのね、名作と言われている映画には個人の好き嫌いを超えて、人の心につけいるだけの力があるのさ。それがたまたま自分の心に入って来なかったからと言って否定しちゃいかんのだよ」と叱られたのだった。以来、私は自分がつまらないと思ってしまった映画でも、誰かが褒めていれば、そこにはなにかあるに違いないと思えるようになったのである。と言う話しは、少し置いておいて…。

やはり『ウエスト・サイド物語』が人の心を惹きつけるだけの力を持っているすれば、それは生きるか死ぬか、という恋との出会いを描いているということだろう。愛した相手に会うためなら危険をおかしてもかまわない。愛を成就するためなら死の危険もいとわない。そんな生き死にを描くためには、1950年代当時でも『ロミオとジュリエット』のように障害を両家のプライドにするわけにはいかなかったのだろう。もっと切実な移民の子どもたちのヒリヒリするような争いを持ってくる必要があった。それは移民同士の戦いであり、白人と有色人種の戦いである。そんな戦いのまっただ中で、愛は成就するのか。そんな時代背景の取り込み方が見事だったからこそ、当時の若者に『ウエスト・サイド物語』は熱狂的に受け入れられたのだ。

前にも書いたかもしれないけれど、結局はどう「生き死に」について語っているのか、ということが映画の核になると私は考えている。もしかしたら、経営も同じかもしれない。心地よい日常を提供したり、快適な時間を提供するのも、よりよい「生」を提供することであり、もしかしたら恐ろしい「死」をカモフラージュすることなのかもしれない。

商売だけではなく、人が生きていくということは、同時に死んでいくことであり、それが凝縮されたような濃い時間を見せられれば誰だって感動する。つまり、人がふれて感動するビジネスは極論すればそこに「生き死に」が見え隠れしているのかもしれない。

オリジナルの時代よりもさらに深い哀しみに包まれた現代。そんな時代への目配せがどのようになされているのか。なんとなく怖くて、まだスピバーグ監督のリメイク版を見ることができていない。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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