このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『恐怖の報酬』で学ぶ仕事の対価。
今回はかなり古い映画をご紹介したい。日本では1954年に公開されたフランス映画『恐怖の報酬』である。監督はアンリ=ジョルジュ・クルーゾー、主演は歌手としても名を馳せたイヴ・モンタン。この作品は第6回カンヌ映画祭でグランプリと男優賞を獲得し、第3回ベルリン映画祭では金熊賞を受賞している。私は高校生の頃にテレビの洋画劇場で初めて鑑賞したのだけれど、以来、この映画に対する低い評価を見聞きしたことがない。次々と迫り来る危機を乗り越えてミッションを果たそうとするストーリーは、古いモノクロ映画というハンディを乗り越えて、あっという間に見る者の心を掴んでしまう。ちなみに、配信サービスでも見ることができるので、ぜひ視聴をおすすめしたい。その際は、同時に検索に引っかかってくるアメリカ版リメイク作品ではなく1953年のオリジナルを。オリジナルが格段に面白いのだ。
ある日、油田で火災が起きる。火元が火元だけになかなか消火できない。石油会社はニトログリセリンで原油を燃やし尽くす方法を思いつく。そのためには500キロ離れた現場に少しの衝撃でも爆発してしまうニトログリセリンを運ばなければならない。そんな無謀な仕事に手を上げたのは食いっぱぐれた移民たちだ。その中からマリオ(イヴ・モンタン)とジョー(シャルル・ヴァネル)が安全装置もないトラックにニトログリセリンを載せて走り出す。報酬はひとり2000ドルだ。
車が飛び跳ねるほどの悪路。車一台がぎりぎり通れるほどの狭い山道。次々と落下してくれる岩石。マリオは腹をくくって油田を目指すが、相棒のジョーは何かあるとすぐに逃げだし、安全だと見越すと戻ってくる。運転はずっとマリオに任せきっている。二人の関係が見事に描かれていて、この映画をただのサスペンスものではなく、人間ドラマへと深めている。
ひとつのミッションを果たすために手を組んだ相手が、クズだと言い切ってもいいほどの人物だった。しかも、そのミッションを果たさなければ自分たちの明日はない。なんとなく、ベンチャー企業でも実際に起こりそうなシチュエーションだ。商品開発も営業も社長ひとりで頑張り、相棒はなんとなく後ろからついてきているだけ。そんなとき、経営者はだんだん相棒に嫌気が差し、張り倒してやろうかと思うはずだ。
この映画の中でもマリオがこう言うシーンがある。「お前は何もしないで2000ドルを手に入れるのか」と。ジョーの答えはこうだ。「2000ドルの報酬は運転の報酬だけじゃねえぞ。この恐怖に対する報酬でもあるんだ」と。なるほど。これもよく聞く話ではある。舵取りがうまくいかなくなってきた会社のナンバー2、ナンバー3あたりが「俺たちだって一緒に戦っているんだ」とか「社長だけがツラいんじゃない」とか。もう、恐怖を伴うような辛いミッションを誰かと一緒にやるような時代ではないのかもしれない。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。