経営者のための映画講座 第48作『四季・ユートピアノ』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『四季・ユートピアノ』に見る仕事という旅。

1980年、多くの人が夕食を食べ終えたかな、というのは日曜日の夜。NHK総合放送のチャンネルに、色白で哀しげな眼差しの女性がじっとこちらを見つめている映像が映し出された。色白の女性の顔がほぼ画面いっぱいにアップになっている。よく見ると割れたガラス窓からこちらを見ていて、胸元にある割れたガラスのギザギザの淵に指を沿わせながら、ただこちらをじっと見つめている。風が吹く音がして、かすかな女性の歌声が聞こえてくる。

伝説のテレビドラマ『四季・ユートピアノ』が世界で初めて放送された瞬間だった。そこに映っていたのは中尾幸世。役名は志木栄子。演出は佐々木昭一郎。ドラマなのにどう見てもドキュメンタリーのように素人くさい出演者がいて、時折カメラ目線のカットがあり、ストーリーよりもきらめくような映像美を優先しているとしか思えない編集が見るものの心を捉えた。

後に映像詩と呼ばれるようにもなるこの作品は、佐々木昭一郎の名声を一気に高め、海外の賞を総なめにする。続編も何本か作られ、現在活躍している日本の映画監督たちのなかにも、「四季・ユートピアノに影響を受けた」と言ってはばからない人たちが少なからずいる。

映像詩と呼ばれながらも、この作品はよく見るとはっきりとしたドラマだ。家族を亡くし、独り身になった主人公・志木栄子は東京に出てピアノ調律師になる。ピアノを調律しながら「音」を探している、という話だ。しかし、ストーリーは主人公の栄子がいろんな場所に行き、いろんな人に会うための装置にすぎない。

ピアノのチューニングハンマーを持って、栄子はピアノ工房へ行き、豪華客船に乗り、オペラ歌手の家に行き、サーカス小屋にも入り込む。そう、この作品は志木栄子のロードムービーなのだ。

ひとつの仕事を全うしようとすると、いろんな人と知り合うことになる、いろんな変化を知ることになる。そして、いろんな場所へ行くことになる。仕事によって行く場所や出会う人の数は変わるだろう。けれど、ただの観光ではなく、仕事という軸を持った旅は、物の見方を鋭敏にし本質を見せてくれるような気がする。

この作品は、単発のテレビドラマではあるけれど、多くの視聴者に、栄子という眼差しを通じた旅を体感させた。だからこそ、初めての放送から40年以上が過ぎた今も、数年おきに放送されて、時には上映会が催されている。機会があればぜひ見てほしい。YouTubeにも作品があがっていたような気がする。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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