このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『日日是好日』に見る道の深さと遠さ。
黒木華と多部未華子、樹木希林が出演した映画『日日是好日』は監督である大森立嗣の力量を見せつけた作品と言える。大森監督は『ケンタとジュンとかよちゃんの国』のような作家性の強い作品と『まほろ駅前多田便利軒』のような商業映画を交互に繰り出す手練れだけれど、特にこの『日日是好日』ではまるで映画黄金期のプログラムピクチャーの監督のような職人芸を見せてくれる。
物語はとても地味なもので、特にこれといってやりたいこともない女子大生である黒木華と多部未華子が連れ立って茶道を習おうということになる。教室で教えているのは樹木希林。この師匠がなかなかに厳しい。厳しいと言っても怒鳴りつけるわけではない。ただただ、じっと見守るのである。所作を教えたら、あとはじっと見守る。これがいまの若者にはいちばん難しい。同じことを繰り返し繰り返し、自分のものになるまでじっと耐える。「なぜ、こうするのですか?」と師匠に聞いても師匠は「そういうものなのよ」「決まっているのよ」としか答えてはくれない。
何十年、何百年と繰り返されて出来上がった型にそって繰り返せば、それがやがて自分のものになる。かつて、茶道だけではなく剣道、柔道、華道などなど、およそ道と名のつくものはそうやって継承されてきた。しかし、理由もなく繰り返すなんて不合理で意味不明なことを続けられる人間ばかりではない。この映画の女子大生ふたりも、やがて続けるものと挫折するものに別れていく。
それでいいのだとは思うのだが、いまは「いやならやめればいい」という感覚が普通なので、茶道をやめたところで挫折とは思わなくてもすむ。もちろん、そのかわりに、「それなら、自分には他に何ができるのだろう」と考え込まなくてもすむので、結局なにも始めることなく終わってしまうというデメリットはあるのだけれど、まあ、それはそれ。
映画の中で黒木華はやがて師匠のサポートをするまでに茶道を極め、それなりの顔つきと所作を身につけていく。昔は、仕事にも似たような流れがあって、私が若い頃に経験した映画の業界でも「言われた通りに黙ってやれ」という雰囲気は残っていた。理由を聞くと怒鳴られるような理不尽さもあった。そういった意味では映画業界もまた芸事であり、極めるべき道のような存在だったのだろう。
仕事にも似たような感覚はあったが、いま仕事を道のように極めるのだ、などと言うと笑われてしまう。仕事は「道」ではなく「事」だ。極めるべきなにかなのではなく、やらなきゃいけないなにか、なのかもしれない。もちろん、それでもその道のエキスパートと言われる人たちがいて、その人たちによって、その仕事は少しずつ深められ広げられていく。そうか!そう考えると、合理的に進める「事」だって、極めれば「道」になるのか。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。