第325回 時短か報酬アップか

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第325回「時短か報酬アップか」


安田

水処理大手のメタウォーターという会社がありまして。

久野

上場してるんですね。知らなかったです。

安田

こういう会社って意外と多いんですよ。無名だけど超ホワイトの安定優良企業。そのメタウォーター社が7時間勤務にシフトするそうです。

久野

すごいですよね。9時〜16時で就業が7時間。

安田

これだけの優良企業でも人不足ってことでしょうね。

久野

そうですね。7時間勤務ってことは実質賃金アップですよ。

安田

zozo時代の前澤さんが「ろくじろう」という1日6時間勤務をやっていました。給料は下げずに勤務時間だけ減らすっていう。当時はそんなことする会社は他になかったです。

久野

これからどんどん出てくるんじゃないですか。給料は増やせないけど、その分休みを増やしていく会社。

安田

勤務6〜7時間の会社が増えそうな気がします。週休3日にするより1日6〜7時間にした方が仕事への影響が少なそうですし。社員も喜ぶ気がする。

久野

3日休みだと副業している人以外あまりやることないんじゃないですか。お金も使うし。

安田

時短のほうがいいですよね。ゆっくり出社して早く帰れるのはかなり魅力です。これは人が集まりそう。

久野

すごく良い取り組みだと思います。ただ勘違いしちゃいけないのは、これを実現するためには生産性がかなり高くなくちゃいけないということ。

安田

そりゃそうですよね。

久野

労働時間だけを短くすると給料が安くなってしまいます。社労士事務所でも週3社員、週4社員っているんですけど、給料はあまり良くない。

安田

フルタイムで働けない人を集めるには有効なやり方ですけどね。

久野

そうですね。ターゲットが全然違うと思います。

安田

本当の意味で全社時短を実現するなら生産性アップは不可欠ですね。

久野

問題はどういう順番でそれを実現するか。先に生産性を高めておくのか、それとも思い切って先に労働時間を短くして良い人材を集めるのか。

安田

先に生産性アップをやらないと無理ですよ。

久野

そうですよね。

安田

今の時代、少しくらい給料を上げても人が集まらないですけど、1日6〜7時間勤務で給料が下がらないとなったら、めちゃくちゃ人来ますよ、多分。

久野

でも給料を上げるより休みを増やす方がリスクは大きい。とくに中小企業の場合は。

安田

なぜそう思うんですか?

久野

一度時短すると半永久的に続けなきゃいけないので。戻せないんですよ。

安田

給料ならまた下げられるってことですか?

久野

人って入れ替わるじゃないですか。

安田

確かに。

久野

少なくとも入れ替わる可能性はある。だけど勤務時間を一旦短くしたら元には戻せない。中小企業は労働集約型なので「時間=売上」なんです。その時間の売上が根こそぎ消える。

安田

確かにハイリスクですよね。とはいえ給料では絶対に大手に勝てないですよ。

久野

そうなんですよね。

安田

休みを増やすとか労働時間を減らす方がまだ戦える気がします。

久野

それを実現するにはビジネスモデルを変えないと無理ですね。大手がすごいのは時間で稼いでいないところですよ。お金がお金を稼ぐとか、機械が石油を掘ってきて売るとか、右から左に大量のものを流すとか。

安田

そういうモデルを中小企業が真似るのは無理ですよね。

久野

難しいです。だから中小企業が時短競争するのはちょっと無理があると思う。給与を上げていく方がまだ可能。

安田

いずれにしても生産性アップは避けられないと。

久野

はい。時間に頼らない稼ぎ方をしているかどうか。ここがポイントになっていくでしょうね。

安田

生産性が低いまま長時間労働で凌いできたのが中小企業ですから。

久野

それがもう限界に来ているわけです。思い切って変えていくしかないでしょう。

安田

人数をぐっと絞って、働く時間も短くして、その代わりに「すごい付加価値」を生み出してくれるような人だけを集めていくとか。

久野

そうですね。あとは人が休んでいる時間に稼ぐ方法を考えないと。今のDXって所詮は時間あたりの付加価値を上げる生産性アップなので。

安田

中小企業にも無人化が必要だと。

久野

はい。いずれはみんなそこに行かなきゃいけないと思う。

安田

私は自動化では大手に勝てない気がします。それより高く売った方がいいと思う。大手のラーメンが1000円だとしたら3000円で売るとか。付加価値をつけて1人当たりの生産性を高める。

久野

どちらかでしょうね。本当に小さく特別化して高収益モデルに移行するか。拡大もしくは無人化で生産性を高めるか。もう中途半端は許されないですよ。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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