第87回 1万円の「干しウニ」は高いか、安いか?

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第87回 1万円の「干しウニ」は高いか、安いか?

安田

もうすぐお正月ですね。私は毎年おせちとは別に、お正月用の高級な珍味を買うのが楽しみなんです。


スギタ

おお、いいですね。お正月ならではの贅沢ですね。

安田

ええ。その中に「干しウニ」というものがありまして。福井県で獲れたてのウニを、ただ陰干しして水分を抜いただけなんですが、これがものすごく美味しいんですよ。


スギタ

へぇ、ウニを干すんですか。初めて聞きましたけど、めちゃくちゃ美味しそうですね。

安田

日本酒にこれほど合う食べ物はないですよ。ただこれも材料費や人件費の高騰で、とんでもない値段になってまして。元々数グラムで5,000円と高かったんですが、今は1万円近くまで上がっている。さすがに買うかどうか迷っています。


スギタ

数グラムでそのお値段ですか……すごい世界ですね。

安田

ナマコの卵巣を集めた「ばちこ」ってご存知ですか? 見た目はスルメみたいなんですけどね。あれも今、1枚1万円とかするんですよ。昔は3~4,000円だったんですけどね。


スギタ

なるほど。まぁ、完全に嗜好品ですもんね。

安田

ええ。買う人がいるから成り立っているんでしょうけど、とんでもない贅沢ですよ。


スギタ

いやでもその干しウニ、すぐにでも買いたくなりますね。だって獲れたてで食べても美味しいウニを、あえて干すわけでしょう。その発想、日本人からしか出てこないですよね。

安田

元々はお殿様のために塩ウニにして日持ちさせたのが原点らしいんです。でも塩ウニは塩辛すぎる。干しウニはそこまで塩辛くなくて、旨味が凝縮されているんです。


スギタ

なるほど。塩ウニとはまた別物なんですね。僕も実はお正月ぐらいは、とちょっといいソーセージとかシャルキュトリをお取り寄せして、高いお酒と楽しんだりします。

安田

年に一回ぐらいは、って思いますよね。自分では絶対に作れませんし。


スギタ

そうなんですよ。でも考えてみたら、そういう「お正月ぐらいは」という商品は、年末年始の特需がメインになっちゃいますよね。それ以外の時期は、どうやって商売を成り立たせているんでしょう。

安田

さすがに正月しか売れなかったら何百年も続きませんから、普段も売れてはいるんでしょう。でも爆発的には売れていない。だから私も「なくなったら困る」という思いで買っています。


スギタ

ああ、応援消費というか、文化として残したいという。

安田

そうなんです。でも妻には「そんなに高いものを買うの?」なんて言われて(笑)。なかなかこの価値観は共感されませんよね。

スギタ

うーん。確かになかなか共感は得られないかも(笑)。僕も多分、こっそり買って怒られるパターンです。

安田

笑。冷静に考えれば、カロリーを摂るだけなら他にも美味しいものは山ほどあるわけで。ウニを干しただけ、ナマコの卵巣を集めただけのものなんてなくても困らない。でもこうして何百年も続いてきたわけで、面白いですよね。


スギタ

安田さんがいつも仰っている「価値」の話ですよね。大手との価格競争になる必需品ではなく、そこでしか買えないものにこそ価値がある、という。干しウニもそうで、「本当の希少価値」があるんでしょうね。

安田

ウニなんて、ほとんど水分ですから、それを干したらとんでもなく小さくなるわけですよ。でもその手間を考えたら値段も理解できる。買う側としては高いけど、作る側のことを考えたらむしろ申し訳なくなるぐらいで。

スギタ

同感です。他の人から見たら、何の価値もないものでも、すごい価値を感じるってありますよね。共感を通り越して、自分でも買ってしまうと思います(笑)。

安田

嬉しいなぁ。この話をしても、10人中9人は目が点になりますよ(笑)。こういう文化は、損得で考えちゃいけない。皆で大切に守っていくべきものだと思います。

 


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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