第79回「逃れられない仕組み」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第79回「逃れられない仕組み

 


安田

厚生年金の適用拡大って、どういうことですか?

久野

もともと中小企業には週4分の3ルールというのがありまして。

安田
4分の3ルール?
久野
1週間40時間の事業所だったら、30時間以上働くと社会保険に加入だよと。
安田

なるほど。

久野
501人以上の会社は週20時間以上の社員、かつ月額8万8000円以上稼いでると、社会保険に入れられちゃう。
安田
入らなきゃいけないと。
久野
はい。これが2022年から101人以上になる。500人から100人に下げてくるってことですね。
安田
つまり、今まで社会保険に入らなくてもよかった人が「入んなくちゃいけない対象」になるってことですか。
久野
そうです。これ、めちゃめちゃでかいですよ。20時間って雇用保険のベースなので。
安田

月20時間でしたっけ。

久野
週20時間です。で、8万8000円以上稼ぐ人は社会保険を掛けられる。労使折半で負担が15%なので、会社の法定福利費が15%増えるんです。
安田
パート代が9万円ぐらいの人って、旦那の扶養から外れるじゃないですか。あれとは関係ないんですか。
久野
あれは、ちょっと分かりづらいんですけど、130万円以上稼ぐと旦那さんの扶養からは外れるんです。
安田
それ以上稼ぐと、自分で社会保険に入んなきゃいけないってことですよね?
久野
そうです。政府としては働き方改革で扶養控除をなくしたいんですよ。
安田

扶養控除をなくす?

久野
ちょっと複雑な話になるんですけど。もともと扶養って国民年金の第3号といって、旦那さんの扶養に入ってると国民年金も納めてることになるんです。保険料を払わずに。
安田
へえ。
久野

しかも扶養控除も受けられるから所得税も安くなる。政府としてはそこなくしたい。

安田

でも旦那さんが稼いでる人はその金額にこだりますよね。

久野
はい。女性活躍と言いながら「150万以上稼ぐと所得税のコスパが悪くなるから」って働きたがらない。
安田
その扶養控除をなくすってことですか?
久野
なくしたいけど「扶養控除を廃止する」っていうと、とてつもなく全国民が嫌がる。
安田
そりゃそうでしょうね。
久野
だから扶養控除はほっておいて、社会保険の上限を下げてくことによって、結果として扶養控除が意味なくなるようにしてる。
安田

じゃあ本当の狙いは扶養控除をなくすこと。

久野
なくしたいってことですね。
安田
奥さんにも年金を払わせたいと。
久野

そうです。働いてようが働いてまいが「社会保険を掛けてやりたい」というのが本音。

安田
理想としては、奥さんにもたくさん稼いでもらって「社会保険料も納めてもらう」というのがベストでしょうね。
久野
そうです。でも扶養があるから働かない人が増えてるし、短い時間でしか働かない。
安田
税金とか社会保険っていつの間にか上がるじゃないですか。
久野
そっと上がりますよね(笑)
安田

だったら扶養も「いつの間にかなくしました」でよさそうなのに。

久野
いやいや。めちゃくちゃ皆さんこだわってますよ。もう命をかけるかのように。
安田

そんなにですか?

久野
たとえば年末のめちゃくちゃ忙しいときでも「これ以上は働きません」とか平気で言ってくる。たぶんどこの職場もそうだと思います。
安田
それは旦那の扶養から抜けないように。
久野
そう。絶対そこから抜けないように。神話みたいになってますね。
安田

なんとしても130万以上は稼がないぞと。

久野
国はどんどん時給上げろって言ってるから、上げれば上げるほど会社に来なくなる。
安田

さっきの話では週に20時間以上働いて、月8万8000円以上稼いだら加入しなきゃいけなくなると。

久野

101名以上の会社なら加入しなきゃいけなくなる。

安田

じゃあまた更に8万7000円に抑える人が出てくるんじゃないですか。いたちごっこが続くだけ。

久野
ただ時給単価もどんどん上がってくんですよ。だから会社としてはそれ以下の時間だとさすがに雇用として成り立たない。
安田
なるほど。それ以下だと雇わなくなると。
久野
そう思います。
安田
じゃあ結果として、社会保険の加入の対象が広がり、いずれは全国民に義務付けられるようになると。
久野

そうなっていくでしょうね。2024年には51人以上になる予定ですから。最終的にはたぶん全員20時間以上になるので、そうすると加入者が一気に爆発的に増える。

安田

やっぱり、思いきって扶養をなくしたほうが早い気がします。

久野
ひとつ大きな問題があって。大企業が悪いんですけど、奥さんを扶養に入れると家族手当を付けるんですよ。ああいうのも法律で禁止すればいいんですけど。
安田
家族手当もなくなっちゃうと。
久野

はい。旦那の家族手当が3万ぐらいなくなっちゃうとか。

安田
旦那の税金優遇もなくなるし。
久野
ほぼなくなるでしょうね。
安田
家族手当ってのもややこしいことですよね。何で家族がいたら報酬が高くなるのか。
久野
はい。こんだけ未婚率が高いのに。
安田

とにかく国としては、扶養をなくして全員に社会保険に入らせる方向で動いてると。

久野
本当は扶養控除をなくしたいんだけど、とても言える雰囲気じゃないから。会社のほうにどんどん出させる。会社も半分出さなきゃいけないからしんどくなる。
安田
経営者は反対しないんですか?
久野

反対したほうがいいと思うんですけどね。だって、とんでもないコストですよ。

安田
そもそも社会保険料の半分を会社が負担するってことが不思議。なんでみんな素直に従ってるんだか分からない。
久野
この話をすると「分社しないと」って言う経営者が結構います。50人の会社にしなくちゃって。
安田
なるほど。100人を超えると社会保険を払わないといけないから。
久野
そうです。
安田
でも2年後にまた下がるんですよね?
久野
そうなんですよ。どこまでも追いかけてくる。本当に15%は大きいですよ。何の投資にもなってないですもん。
安田
外食業界なんて、それでなくてもコロナで厳しいのに。
久野
サービス業は危ないですね。アルバイトの比率が高い会社はとくに危ない。
安田

アルバイトでも社会保険の加入が必須になるんですか?

久野
そうです。20時間以上働いたら加入です。もうめちゃくちゃコストアップですよ。
安田
それぐらいは働いてるアルバイトはいっぱいいますよ。
久野

めちゃくちゃいっぱいいます。中小企業の現場って20時間以上30時間未満のところに圧倒的に人が多いんです。

安田
政府はそこを狙ってる。
久野
間違いないです。


久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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