泉一也の『日本人の取扱説明書』第121回「もどかしい国」
著者:泉一也
日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。
世界最古の長編小説は「源氏物語」と言われている。1008年に初出。作者は紫式部。平安時代の貴族社会を描いた作品である。
主人公の光源氏が、恋愛に政治にと栄光と没落のドラマを繰り広げていく。長編というからに長い。約100万文字、400字詰めの原稿用紙で2400枚。500名の人物が登場し、時間軸では70年余りの出来事が書かれている。現代で匹敵するものは、22世紀から24世紀を描いた米国のSFドラマ「宇宙大作戦(スタートレック)」だろう。
日本は長い。時間的に長い。王朝が2000年以上続いている世界最長の国。平均寿命も世界一の国。日本語は、結論となる述語がいつまでも出てこず、長々と話が続く。ああ、もどかしい。平安時代の女性は十二単を着ていたが、男性からすると、なんともどかしいことか!
この「もどかしさ」は日本の文化。このコラムも最後まで読まないと結論がわからない。どこに着地するかわからない。だらだらと勿体つけながら話が進んでいく。読者は十二単を一枚一枚剥いでいくプロセスについてきてくれる。ありがたい。
「もどかしさ」が文化なので、逆に鉄道や交通は時間に正確になる。思いっきり正確側に振らないと、いつ列車が来るかわからない「もどかしい交通」になってしまうからだ。盆と正月は大渋滞になっているのを見ればわかる。日本人はもどかしさが標準なので大渋滞でも平気なのである。
日本で労働生産性がなかなか上がらないのは、このもどかしい文化が影響している。時間をかけてじっくりと仕込む。長く働く、長く練習する、とにかく長く。仕事も趣味も「歴、何年」でベテランとしての格が生まれるぐらいだ。
一方、科学は時間を飛び越える。科学的な数々の発見によって、我々は距離を超えて話ができる。早く目的地に着くことができる。早く計算ができる。早く検索ができる。病気も科学で早く治すことができる。エンタープライズ号はワープしまくる。日本の労働生産性は低いが、科学をベースにしている製造業やエレクトロニクス企業は、労働生産性を高めようと一生懸命時間をかけて努力する。
そんな「もどかしさ」の国で逆張りをした文芸家がいた。松尾芭蕉である。俳句というたった17文字で世界を切り取る。世界一短い詩を日本に流行らせた松尾芭蕉は、もどかしい文化の対極に新領域を見つけた。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
悠久の時をたった17文字で表現するのだ。
言葉を削いで最少にすればスッキリ簡潔になる。しかし、そこに別のもどかしさが現れた。それは説明不足。行間を読まなければならないじれったさ。結局、日本は簡潔にしても「もどかしい」から抜け出せない。延々と続く輪の中にいる。奥の細道を抜けて遠くまで旅をしてきても、結局お釈迦様の掌の上にいた。
この輪廻から脱出したいという願いが日本人の根底にある。もどかしさから脱したい。渋滞に進んで入るのに、渋滞から抜け出たいのだ。そう、日本人は解脱したい国民。そのニーズに応えるビジネスが日本では流行る。
解脱ビジネス、これがキーワード。さあ、ますます怪しくなってきた。
泉 一也
(株)場活堂 代表取締役。
1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。
「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。