第150回「共助の国(第1話)」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第150回「共助の国(第1話)」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

 

「自助、共助、公助」。

公助を担う行政のトップが国民に言った。

本音はこうだろう。『税金を払っているからと、公助に頼りすぎんといて。自分でできること、仲間内で助け合えることはそれぞれでやってよ。行政はもういっぱいいっぱいだよ』

Self-help という言葉がある。自助論で知られているサミュエル・スマイルズ(1812-1904、英国の作家・医者)が普及させた。「天は自ら助くるものを助く」(God helps those who help themselves.)という西洋の格言をもとに、300人以上の欧米の成功者の成功談を集めたものである。

日本にこの成功本を持ち込んだのは中村正直。英国に留学しているときにサミュエルの著書と出会い、1871年(明治4年)に「西国立志編」として邦訳し日本に広めた。全国民が西洋化に熱を上げていた日本では当然の如く爆発的に売れた。なんと100万部、当時の人口は4000万人なので、現代の人口比で単純に3倍すると300万部相当である。自助論が一大ムーブメントだったのが想像できるだろう。

ちなみにGodと天は違う概念であるが、その違いがわからないまま「“天”は自ら助くるものを助く」と中村くんは訳してしまった。「神は自ら助くるものを助く」でよかったのに。中村くんは正直すぎた。Godを日本の天のように暖かく慈悲に満ちた全体を包み込む存在として、欧米人も感じていると思い込んだのだろう。

Godは天と違って「罪に罰」を与える「権力」でもある。天動説を唱えていた教会は、地動説を研究する学者を異端として執拗に探し出し、ひどく断罪した。それぐらいGodは権威と権力の象徴である。中村正直はGodの権力の一面をしならないまま、留学を終えて日本に帰ってきたのだろう。

日本の天には権力がない。権威の象徴。長らく明治時代になるまで日本では天皇に権力がなかったように。神社で自分の罪を告白し、懺悔する人がいないのを見ても、神社が十字軍のような軍隊を持って異教徒と戦争をしなかったのをみてもわかるだろう。

正直すぎる日本人は自助論をすんなり受け入れてしまった。Godと天の違いがわからないまま。そして、明治は天皇が主権という権力を持ち、欧米のような覇権国家になっていく。十字軍が救世軍だったように、大日本帝国の軍も天皇をトップとした白人国家からアジア諸国を救う救世軍だった。

何千年いや何万年もかけて築いた「天」の思想が、明治時代に「God」で上書きされた。西洋は何千年もかけて築いたGodと自助がセットであったが、日本は付け焼き刃的なGodと自助だったので根付くはずがない。土壌の違う畑で、同じ栽培法が通じないように。

西洋の個人主義の土台には「Godは自ら助くるものを助く」という自助の精神がある。自助と公助で成り立つのが西洋社会である。よって西洋から国家という公助の組織概念が生まれ、市民革命による民主主義も私有財産と競争による資本主義も自助が中心の西洋から生まれた。

日本にはその自助の精神ベースがないのに、自助を強要すればどうなるか。正直な日本人はその言葉を信じ、頑張る。そして、うまくいかないと「おまえは、努力が足りない」と叱られ、「私は努力不足だ」と自己否定が始まる。

自助=自分で努力することが生き方の中心になり、「他力本願」という仏教の極意ですら、そうあってはならないといった逆の意味で使われるようになった。

自助が育つ土壌でないのに、自助の種を撒いて、一生懸命育てているのが日本の現状。たくさん肥料をつっこんで、毎日雑草をぬいたりと・・。あーしんど。パワハラに長時間労働のブラック企業がはびこり、日本の企業は生産性が低いと言われるのも仕方ない。公助のトップが強がって弱音を吐くのも仕方ない。

肥料も雑草抜きもいらない種は、共助の種である。共助の土壌に共助の種。自助と公助はおまけでいいのだ。

共助は日本の言語に衣食住に染み入っているが、忘れられ、どんどん消えている。その共助を思い出す旅を、これから共にしていこう。

 

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著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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